2012年5月31日木曜日

むこうがわのあのこ









「むこうがわのあのこ」(ジャクリーン・ウッドソン/文 E.B.ルイス/絵 さくまゆみこ/訳 光村教育図書 2010)

わたしたちは柵のこっち側に住んでいました。柵のむこう側には白いひとたちが住んでいました。「むこう側にいってはだめよ。危険ですからね」とママはいいました。その夏、女の子がひとり、柵のところにやってきました。そして、毎朝柵にのぼって、こっちをじっとみていました。

女の子はいつもひとりです。ある日、なわとびをしているわたしたちに、「入れて」といってきます。でも、仲間のひとりのサンドラは「だめ」といい返してしまいます。女の子は町で会ってもさみしそうだし、雨のなかでも柵のそばでひとりで遊んでいます──。

白人の女の子と黒人の女の子が出会う絵本です。ジャクリーン・ウッドソンは「ミラクルズボーイズ 」(理論社 2002)などで著名な児童文学作家。E・B・ルイスは「かあさんをまつふゆ」などをえがいた画家です。このあと、女の子は〈わたし〉に、「アニー」と名乗ります。アニーは柵にのぼって、「この上にのぼるといい気分なの。ずっと遠くまでみえるよ」といいます。「こういう柵は、腰かけるためにあるのよ」。絵は水彩、この絵本でもE・B・ルイスは女の子たちの表情やしぐさを、じつにみごとにとらえています。小学校中学年向き。

2012年5月30日水曜日

夜のスイッチ










「夜のスイッチ」(レイ・ブラッドベリ/文 マデリン・ゲキエア/絵 北山克彦/訳 晶文社 2008)

昔、〈夜〉の嫌いな男の子がいました。男の子が好きなのは、ランタンにランプ、たいまつにロウソク、灯台にかがり火に懐中電灯。大嫌いなのは、明かりのスイッチでした。なぜなら、明かりのスイッチは、部屋の明かりを消してしまうからです。

夜の嫌いな男の子は、ほかの子どもたちが夏の芝生で遊ぶのをみても、外にでようとはしません。ひとりぽっちで明るい部屋にいます。すると、ある夜、だれかが窓をコツコツと叩きます──。

レイ・ブラッドベリは「火星年代記」などを書いたSF作家の巨匠。絵は、イラストレーションといったほうがよいような、洗練された味わいの線画です。紙の色や、レイアウトがページごとに変わり、トータルで幻想的な雰囲気をかもしだしています。このあと、ダークと名乗る女の子があらわれ、男の子はダークから夜のスイッチの入れかたを教わります。散文詩のような物語と、センスのよいイラストレーションがあいまった洒落た読物絵本です。大人向き。

おばあちゃんのはこぶね










「おばあちゃんのはこぶね」(M.B.ゴフスタイン/作 谷川俊太郎/訳 すえもりブックス 1996)

90年前、わたしが子どもだったとき、父が箱船をつくってくれました。父は箱船をつくるのが楽しそうでした。どうしてかというと、ドアのむこうから、「長さは300キュービット」という、神様みたいな声が聞こえてくることがあったからです。

父が彫ったノアは、片手にカナヅチ、片手にモップをもっています。奥さんはノコギリをもっていて、それから2頭のヒョウと、2頭のヒツジと、2頭の灰色のウマと、2羽の白いハトがいます──。

絵は、非常にシンプルな線画。〈わたし〉の1人称で語られる文章もとてもシンプルです。〈わたし〉が大きくなるにつれ、父は動物を増やしてくれます。そのうち、結婚し、子どもが生まれると、〈わたし〉は子どもたちにノアのお話と、おじいちゃんがドアのむこうで叫んでいたことを教えてあげます。「とことんまで描いて、ついにはなんだか自然に描けてしまったような気がするまで描くこと」と、カバー袖の文章に、ゴフスタインが絵本づくりの秘訣を述べていますが、それがよくわかる一冊です。大人向き。

2012年5月28日月曜日

ナビル










「ナビル」(ガブリエル・バンサン/作 今江祥智/訳 BL出版 2000)

エジプトに住む少年ナビルは、村の学校の先生から壮大なピラミッドの話を聞いて、自分もみてみたいと思いました。ピラミッドにたどり着くにはどれくらいかかるのか、ナビルは周りの大人に聞きました。ですが、「わたしがピラミッドのことを話したからって、なにもわざわざ見にいくことはないんだよ」と先生はいいますし、ほかの大人たちも、「見にいくなんて無理な話さ」といいました。でも、どうしてもピラミッドがみたいナビルは、ある日とうとう村を出発しました。

旅の途中で出会う大人たちも、「やめたほうがいい」と、優しくナビルを引きとめます。でも、それでもピラミッドがみてみたいナビルは、親切な旅人の助けを借りて、ピラミッドにむかいます──。

絵は、鉛筆、あるいはコンテによるもの。ガブリエル・バンサンの情感にあふれたデッサン力が、いかんなく発揮されています。このあと、ナビルはついに念願のピラミッドにたどり着きます。全身で喜びをあらわしながらピラミッドに駆けていくナビルの姿は、一読忘れがたいものがあります。大人向き。

2012年5月25日金曜日

ここが家だ











「ここが家だ」(ベン・シャーン/絵 アーサー・ビナード/構成・文 集英社 2006)

1954年1月22日。第5福竜丸という船に23人の漁師が乗り、焼津の港から海にむかいました。最初は東へ、それから南へ、また東へ、4千キロもこえてミッドウェーという島にやってきました。ですが、ミッドウェーの海ではマグロがみつからなかったので、もっと南、マーシャル諸島をめざして進みました。

2月27日、第5福竜丸はついにマグロの群に出会います。寝るまもなく、どんどん釣り上げてはナワをはずしていましたが、3月1日の夜明け前、いきなり西の空が、太陽がのぼるように真っ赤に燃え上がります。5分、6分、7分、8分、ドドーンと爆発の音が響き、しばらくして空から白い灰が降ってきます──。

副題は「ベン・シャーンの第五福竜丸」。アメリカの水爆実験により、マーシャル諸島のビキニ環礁で被爆した、第5福竜丸をテーマにした絵本です。20世紀を代表する画家のひとり、ベン・シャーンがえがいた「ラッキードラゴン・シリーズ」という連作が、この絵本のもとになっています。このあと、被爆した第5福竜丸の乗組員たちは、一路焼津へもどります。「助けてくれ」と無線を打つことはできません。水爆実験をみた以上、もっとひどい目にあわされるかもしれないからです。ベン・シャーンの力強い線と、それに負けないことばが、この絵本を力のこもったものにしています。巻末に「石に刻む線」という文書があり、ベン・シャーンと「ラッキードラゴン・シリーズ」について、手際よく解説されています。小学校中学年向き。

2012年5月24日木曜日

せかいいち大きな女の子のものがたり









「せかいいち大きな女の子のものがたり(ポール O.ゼリンスキー/絵 アン・アイザックス/文 落合恵子/訳 富山房 1996)

アンジェリカがアメリカのテネシーに生まれたのは、1815年8月1日のことでした。そのときは、世界一大きな女の子になるなんて、だれも思っていませんでした。アンジェリカはすくすくと育ち、2歳になったときには、お父さんからもらった斧で丸太小屋を建てるほどでした。12歳のときには、泥にはまったうごけなくなった馬車の一団を「あらよっ」ともち上げて、次つぎと救い出しました。

さて、ある夏のこと、一頭のとてつもなく大きなクマが、テネシー中の村の貯蔵庫を襲いはじめます。そこで、命知らずの男たちがあつまり、クマを仕留めようとします。ですが、男たちはクマの返り討ちにあい、とうとうアンジェリカの出番がやってきます。

絵は、板にえがかれた厚塗りの、じつに雰囲気のあるもの。主人公のアンジェリカはとても表情が豊かです。クマと対決するときは、地面に寝そべり、不敵な笑みを浮かべています。冒頭の肖像画では、すました顔をしています(手につまんでいる花はヒマワリ!)。このあと、アンジェリカはクマをむんずとつかみ、空高く投げ飛ばします。あんまり高く投げ飛ばしたので、クマは夜になっても落ちてきません。でも、クマの毛皮を手に入れると心に決めていたアンジェリカは、竜巻をつかんでクマを引っかけ、地上に引きずり下ろします。絵も物語も柄の大きい、痛快な一冊です。小学校中学年向き。

2012年5月23日水曜日

エミリー











「エミリー」(マイケル・ビダード/文 バーバラ・クーニー/絵 掛川恭子/訳 ほるぷ出版 1993)

わたしたちが引っ越してきて、まだまもないある日、一通の手紙がドアの郵便受けから投げこまれました。わたしは客間でピアノの練習をしているママのところへ手紙をもっていきました。ママが手紙を開けると、ピアノのキーの上に小さな花がぱらぱらと落ちました。それは、わたしの家のむかいの黄色い家に住んでいる女のひとからのからの招待状でした。

黄色い家に住んでいる女のひとは、町のひとたちから“なぞの女性(ひと)”と呼ばれています。20年近くも家の外にでたことがなく、知らないひとがくると、たちまちどこかに隠れてしまうからです。そのひとは、小柄でいつも白い服を着て、花が好きで、詩を書いています。「詩ってなあに」と、〈わたし〉が訊くと、パパはこう答えます。「ママがピアノを弾くのを聞いてごらん。同じ曲を何度も何度も練習しているうちに、あるとき不思議なことが起こって、その曲が生きもののように呼吸しはじめる。聞いているひとはぞくぞくっとする。口ではうまく説明できない、不思議な謎だ。それと同じことをことばがするとき、それを詩というんだよ」

アメリカの女流詩人、エミリー・ディキンソンを題材にした絵本です。ほとんど家のなかに引きこもって暮らしていたエミリーは、たくさんの詩を手近な紙に書きつけていました。没後、その詩が大量にみつかり(じつに1800編といいます)エミリーはにわかにアメリカの重要な詩人のひとりとなったのでした。このあと、〈わたし〉は、ママと一緒にむかいの黄色い家を訪れます。エミリーは姿をみせず、妹さんが応対してくれます。ママがピアノを弾いているあいだ、〈わたし〉がこっそり部屋を抜け出すと、階段の上に白い服を着た女のひとが座っています。「それ詩なの?」と、エミリーのひざの上にある紙をみて〈わたし〉がたずねると、エミリーはこたえます。「いいえ。詩はあなた、これは詩になろうとしているだけ」。同じく、エミリー・ディキンソンを題材とした児童書に、「エミリ・ディキンスン家のネズミ」(エリザベス・スパイアーズ/〔著〕 クレア・A.ニヴォラ/絵 長田弘/訳 みすず書房 2007)があります。こちらは、エミリーとネズミの交流をえがいた読物絵本です。小学校高学年向き。

2012年5月22日火曜日

エマおばあちゃん









「エマおばあちゃん」(ウェンディ・ケッセルマン/文 バーバラ・クーニー/絵 もきかずこ/訳 徳間書店 1998)

きょうはエマおばあちゃんの、72歳の誕生日です。子どもたちや孫たちがが遊びにくるのを、エマおばあちゃんはなによりの楽しみにしています。でも、みんなはいつだってゆっくりするひまもなく帰ってしまいます。エマおばあちゃんの話し相手は、しましまネコの〈かぼちゃのたね〉しかいません。エマおばあちゃんは、戸口に吹き寄せられる雪をみたり、くつろいで遠いふるさとの小さな村を夢みたりするのが好きでしたが、子どもたちや孫たちは、そんなエマおばあちゃんを、「かわいそうなおばあちゃんもうお年だものね」と、かげで笑いました。

さて、そんなエマおばあちゃんの72歳の誕生日に、みんなはふるさとの小さな村の絵を贈ります。おばあちゃんは絵を壁にかけて、「とってもきれいだこと」と、みんなにお礼をいいます。でも、心のなかでは、「あたしがおぼえている村とはまるでちがうわ」と思っていて──。

「ルピナスさん」などで名高い、バーバラ・クーニーが絵を描いた小振りな絵本です。このあと、おばあさんは、絵の具と筆とイーゼルを買ってきて、自分がおぼえている通りの村の絵を描きはじめます。そして、ふだんはその絵を壁にかけ、子どもたちや孫たちがくるときは、もらった絵にかけかえます。ですが、ある日、うっかり絵をとりかえるのを忘れてしまい…とお話は続きます。「エマおばあちゃんはもうさびしいとは思いません」の一文が心に残る一冊です。小学校中学年向き。

空飛び猫










「空飛び猫」(アーシュラ・K・ル=グウィン/著 村上春樹/訳 S.D.シンドラー/絵 講談社 1993)

自分の4匹の子猫たちに、どうして翼が生えているのか、ジェーン・タビーお母さんにはさっぱりわけがわかりませんでした。「この子たちの背中に翼が生えているのは、この子たちの生まれる前に私がみた夢のせいかもしれないわ。あれは空を飛んでこの町から出ていく夢だったもの」と、タビーお母さんはいいました。タビーお母さんと子猫が暮らす界隈は、あまり環境がよくなく、しかも日毎に悪くなっていきました。朝から晩まで自動車やトラックがゆききし、そこらじゅうにゴミが散らばり、お腹をすかせたイヌがあたりをうろついていました。

ある日、タビーお母さんは、ちびのハリエットが宙に飛び上がって、イヌをやりすごす場面にでくわします。そのとき、すべて合点のいったタビーお母さんは、子どもたちをあつめて話をします。「お母さんは、おまえたちが生まれる前にひとつの夢をみました。ここは子どもたちが成長するのにふさわしい場所ではありません。おまえたちはここから飛んでいくために、その翼をさずかったのです」──。

翼をもったネコたちの冒険をえがいた読物絵本です。作者のル・グウィンは「ゲド戦記」(岩波書店)の作者として高名です。絵は、緻密な線画にわずかに着色した、非常に写実的なもの。絵を描いたシンドラーは「マグナス・マクシマス、なんでもはかります」といったユーモラスな絵本も描いています。さて、このあと、タビーお母さんは子どもたちにこういいます。「ゆうべ、トム・ジョーンズさんが私に結婚の申しこみをしました。私はその申しこみを受けるつもりです。そうなると、子どもたちは邪魔なのです」。そこで4匹の子どもたちは、生まれた町を飛び立ち、とある森にたどり着いて…と、空飛び猫たちの冒険はまだまだ続きます。巻末に、訳者による語句の解説がついています。また、「空飛び猫」はシリーズ化され、「帰ってきた空飛び猫」「素晴らしいアレキサンダーと、空飛び猫たち」「空を駆けるジェーン 空飛び猫物語」の3冊の続編が出版されています。大人向き。

2012年5月18日金曜日

道草いっぱい











「道草いっぱい」(八島太郎/文・絵 八島光/文・絵 マコ岩松/訳 創風社 1998)

小学校からの帰り道、たくさんのものが私たちを待ちうけていました。村の中心部にいく途中には、桶屋さんが住んでいました。桶屋さんは、水桶、めし櫃(ひつ)、たらい、漬物桶などをつくっていました。少しいくと、染物屋さんがありました。仕事をしていないときでも腕が紺色だったので、みんなかれのことを「紺さん」と呼んでいました。村の真ん中には、砂糖と小麦粉の香りに満ちたお菓子屋さんがありました。

お菓子屋さんの向かいには、年とった親方と若い弟子たちがはたらいている畳屋さんがあり、そのとなりにはちょうちん屋さんがあります。それから、看板屋さんがあり、豆腐屋さんがあります。私たちは、看板屋さんを国一番の絵描きだと思っています。なぜなら、有名な画家はみんな死んでしまっていますが、看板屋さんは生きているからです──。

作者の八島太郎は「からすたろう」の作者として高名です。アメリカに移り住んだ作者は、郷愁に満ちた作品を残しましたが、本書もその一冊に当たります。子どもたちは、村を通らず、山道を通って帰るときもあり、そのときは、樟脳工場や、水車小屋や、鍛冶屋さんをのぞいていきます。家に着くのはいつも夕食前。最後はこう締めくくられます。「私たちは帰り道で、大人になるためのさまざまなことを学ぶことができました」。訳者のマコ岩松は、八島太郎の息子さんで、アメリカで東洋人俳優として活躍しています。生硬な訳文は、独特の味わいがあります。小学校中学年向き。

2012年5月17日木曜日

ねこのごんごん









「ねこのごんごん」(大道あや/作 福音館書店 1978)

ある日のこと、小さなネコが、「ごはんが食べたいなあ、うちに帰りたいなあ」といいながら歩いていました。でも、自分のうちがどこだかわかりませんでした。すっかりくたびれたとき、どこからか美味しそうな匂いがしてきました。いってみると、うちがあって、なかにごちそうがあるのがみえました。庭にはイヌがいて、ごちそうのそばには大きなネコが寝ていましたが、小さなネコはかまわずうちに駆け上がり、ごちそうを食べました。そして、お腹がいっぱいになると、とても眠くなり、大きなネコのそばで眠ってしまいました。

小さなネコが目をさますと、大きなネコが「わしについてきなさい」といいます。庭のすみにくると、大きなネコは名乗ります。「わしはちょんというんだ。人間でいえば98歳くらいの年寄りだ」。一緒についてきたイヌも名乗ります。「おれはのんというんだ」。でも、小さいネコには名前がありません。すると、ちょんは小さいネコの頭をなめてこういいます。「おまえはきっと捨てられたネコだ。名無しのごんべえなら、ごんごんという名前にするがよい」──。

捨てネコごんごんの成長物語です。絵は、さまざまなものがあふれんばかりに描かれた、にぎやかな水彩。このあと、ごんごんは失敗ばかりするのですが、そのたびにちょんは、ごんごんにうまいやりかたを教えてくれます。「なにごとも じぶんで おぼえるが かんじん」という、ちょんのことばが本を閉じても耳に残ります。小学校低学年向き。

2012年5月16日水曜日

ブライディさんのシャベル









「ブライディさんのシャベル」(レスリー・コナー/文 メアリー・アゼアリアン/絵 千葉茂樹/訳 BL出版 2005)

1856年、新天地へ旅立つブライディさんは、チャイムの鳴る時計でも、陶器の人形でもなく、1本のシャベルをもっていきました。船が大きくゆれたとき、からだを支えたのはシャベルでした。、ニューヨークの港についたとき、シャベルに荷物をくくりつけ、肩にかついで船から降りました。小さな帽子屋で部屋と仕事をみつけたときもシャベルと一緒。早起きした朝には、シャベルをもって裏庭にでて、小さな花壇づくりに精をだしました。

冬には、シャベルをもって公園にいき、雪かきをして、月の光を浴びてスケート遊びをします。スケート仲間の若者と結婚したブライディさんは、農場に引っ越し、ここでもシャベルは大活躍します──。

絵を描いたメアリー・アゼアリアンは「雪の写真家ベントレー」の画家として高名です。絵は、味わい深い版画。このあと、子どもも生まれ幸せな日々をすごすブライディさんでしたが、ある日カミナリが納屋に落ち、納屋は焼け、シャベルの柄も燃えてしまうのですが…とお話は続きます。シャベルを通して語られる女性の一代記です。小学校高学年向き。

2012年5月15日火曜日

コーギビルのゆうかい事件








「コーギビルのゆうかい事件」(ターシャ・テューダー/絵・文 食野雅子/訳 メディアファクトリー 2001)

大きくなったコーギ犬のケレイブは、大学を優秀な成績で卒業し、コーギビル村の有名な探偵事務所ではたらいていました。ケレイブは最近、村でみかけるアライグマの数が増えたことをいぶかしんでいました。あるとき、ケレイブは、ホレーショ・ラビットの野菜畑でゴミの缶がゆれているのに出くわしました。フタをもち上げると、顔をだしたのはアカリスでした。「あのアライグマのスットコドッコイ。スパイしにきたんだろうといって、おれさまを閉じこめたんだ」と、アカリスはいいました。

ケレイブがさらに調査をすすめると、アライグマたちは本屋で料理の本と、とても高価な熱気球の本を買い、雑貨屋ではローストチキン用の詰めものと値段の高い輸入もののハーブのびん詰めと、〈ノミコロリ〉を半ケースも買っていったことがわかりました。さらに、大学時代の友人のカラス、チャーリー・クローの手紙から、ケレイブはアライグマたちが、カナダからやってくるアライグマ、セビュロン・ラクーンの歓迎のために、世界おんどりコンクールで優勝したベーブを狙っているのではないかと推理して──。

19世紀的な生活を実践していることで注目をあつめた、ターシャ・チューダーによる絵本です。このあと、ケレイブはなんとしてもベーブを守らなければと決意するのですが、ハンバーガーを3個食べて昼寝をしているうちに、ベーブを誘拐されてしまいます。後半は救出劇。ケレイブや、ウサギやネコやニワトリや、ひょっとしたらアライグマにも、みんなモデルがあるのではないかと思わせます。お話は他愛ないのですが、そう思わせる親密さが魅力的です。大人向き。

2012年5月14日月曜日

さよならエルマおばあさん










「さよならエルマおばあさん」(大塚敦子/写真・文 小学館 2000)

ぼくの名前はスターキティ。8歳のオスネコです。2歳のとき、エルマおばあさんのところにもらわれてきました。おばあさんの家は、アメリカ北西海岸のヴォーンという小さな町にあります。エルマおばあさんは、12年前におじいさんが亡くなったあと、娘のパットとその夫のエド、そして孫のブライアンと暮らしています。ある日、エルマおばあさんは、お医者さんから「多発性骨髄腫」という、血液のガンにかかっていることを知らされました。「わたしの命はあと1年くらいだろうから、いろいろ準備をはじめないとね」と、おばあさんはいいました。

エルマおばあさんは家族の歴史を書くことにします。病気とわかってからも、これまでの生活を楽しみます。外出するときは化粧をし、庭の草花の手入れをします。でも、だんだん病気が進んで、立ち上がるのにも助けがいるようになり──。

ネコの視点から語られる、死をむかえるエルマおばあさんの姿をえがいた写真絵本です。モノクロの写真は、日毎に弱っていくエルマおばあさんの尊厳を写し撮ってあまりあります。ほとんど寝たきりになったエルマおばあさんはこういいます。「わたしはね、これまでの人生でいまがいちばん幸せだよ。いろんな失敗や、つらかったこともいまはいい思い出だし、仲たがいした人のことも、いまは許せるから。なぜその人が、あのときああしなければならなかったのか、その理由がわかるようになったからなんだよ…」。それから、こんなことも。「わたしは、自分の死ぬ日を決めたからね。その日付を紙に書いてかくしておいたから、わたしが死んだあとさがしてごらん」。巻末に、著者のあとがきと、「子どもにどう死を教えたらいいか」という、季羽倭文子(きばしづこ)さんによる文章が記されています。小学校中学年向き。

2012年5月11日金曜日

山いっぱいのきんか










「山いっぱいのきんか」(君島久子/文 太田大八/絵 童話館出版 2005)

昔、中国のある山里にランフーという若者が暮らしていました。月夜の晩、ランフーは山へ草刈りにいきました。かごいっぱいに草を背負って歩いていくと、ふいに足元がぴかりと光りました。「おや、なんだろう」と腰をかがめてみると、山道いっぱいに金貨が並べてありました。

「一体だれがこんなに金貨を並べたんだろう」と、ランフーが考えこんでいると、金貨のあいだから銀色の髪をした不思議なおばあさんがあらわれます。「今夜は八月の十五夜さまで、山の神様が月の光に金貨をさらす日じゃ。ランフーよ、そなたは運良くそれに出会ったから、これをあげよう」。おばあさんはそういって、ランフーに金貨を3枚くれるのですが──。

中国の昔話をもとにした絵本です。文章はタテ書き。絵は、夜の雰囲気がよくでた水彩です。このあと、ランフーはまたおばあさんに金貨をせびり、もう3枚金貨をもらいます。でも、金貨はまだまだあるじゃないかと、ランフーは背負いかごいっぱいに金貨を入れて家路につきます。ところが、かつぎかごなら10倍は入るぞと思ったランフーは、金貨の入った背負いかごを橋の上から投げ捨て家に帰り、おかみさんと、じいさまと、ばあさまと、息子と娘と、ブタ、イヌ、子ヤギ、ヒヨコまで連れて、ふたたび山にむかいます。もちろん、欲張った主人公のつねとして、ランフーには相応の結末が待っています。でも、最後、動物たちにまでバカにされてしまうのは、いささか気の毒ではあります。小学校中学年向き。

おてがみです









「おてがみです」(ガブリエル・バンサン/作 もりひさし/訳 ブックローン出版 1997)

わたしは“小さな郵便屋さん”と呼ばれていた。ほんとにちびだったからね。郵便屋さんの仕事は大変だよ。早く起きて郵便をとりにいく。家に帰って分ける。毎日、10時になると出発する。早く配達することなんてなかった。わたしはゆっくりと郵便をくばって歩いた。わたしはみんなの役に立っていることを誇りに思っていた。

郵便屋さんは手紙を高く上げながら、「ゆうびーん」と声をあげます。でなければ、郵便の合図のラッパを吹きます。すると、子どもたちがあつまってきます。子どもたちは、郵便屋さんがくれるキャンディやチョコレートやビスケットが目当てです。毎日、郵便屋さんを待っている女のひとがいますが、彼女にだけ渡す手紙がありません。そこで、郵便屋さんは1枚ハガキを書いて、彼女に送ります──。

副題は「あるゆうびんやさんのおはなし」。副題どおり、“小さな郵便屋さん”である〈わたし〉の回想記です。絵の下につけられた文章は、まるで写真をみながら語られた思い出話のようです。絵は淡彩。ガブリエル・バンサンは、広びろとしたところを描くのが素晴らしく上手です。本書でも、その手腕はいかんなく発揮されています。最後、見開きのページいっぱいに、本書に登場したひとたちの手紙が記されています。大人向き。

2012年5月9日水曜日

エリカ 奇跡のいのち










「エリカ 奇跡のいのち」(ルース・バンダー・ジー/文 ロベルト・インノチェンティ/絵 柳田邦男/訳 講談社 2004)

1933年から戦争が終わった1945年までの12年間に、じつに600万人ものユダヤ人が殺されました。数え切れないほどの人びとが、銃殺されるか、飢え死にするか、コンクリートの部屋にとじこめられて焼き殺されるか、毒ガスで殺されるかしました。しかし、わたしはそういう目にあわないですみました。

お母さまやお父さまは、何百人ものユダヤ人たちと一緒に駅にあつめられたとき、どんな思いをいだいたのでしょう。牛をはこぶ貨車に押しこめられ、立ったままぎゅうぎゅうづめで、うごくこともできなかったでしょう。お母さまはわたしをしっかりと抱きしめ、わたしを守ってくださったと思います。お母さまとお父さまは、そのだいじな決心をいつしたのでしょう──。

ユダヤ人虐殺をあつかった絵本です。冒頭に、この本は著者が出会ったエリカという女性の生い立ちをもとにつくられたと記されています。絵は、非常に写実的なもの。ほとんどモノクロ調ですが、最後にいたってカラーになります。このあと、お母さまとお父さまのだいじな決心により一命をとりとめた〈わたし〉は、育ての親――ユダヤ人の子どもを預かるという危険をおかした――のもとで成長します。育ての親は、〈わたし〉が生まれて何ヶ月かを想像して誕生日を決め、エリカという名前にちがいないと、そう名づけてくれます。痛ましい運命のなかで、父母の決心が印象に残ります。小学校高学年向き。

2012年5月8日火曜日

かあさんをまつふゆ










「かあさんをまつふゆ」(ジャクリーン・ウッドソン/文 E.B.ルイス/絵 さくまゆみこ/訳 光村教育図書 2009)

「ねえ、エイダ・ルース。シカゴでは黒人の女でも雇ってくれるんですって。戦争があって男たちがみんなたたかいに出ていってしまったからよ」。そういって、母さんはシカゴにはたらきにでかけましたが、手紙もお金も届きません。「何度も手紙をだしてごらん」と、おばあちゃんにいわれ、わたしはせっせと手紙を書きます──。

家にやってきた子ネコを、わたしは可愛がります。「ネコなんか飼えないんだよ」といいながら、おばあちゃんはお皿にミルクを入れ、床に置いてくれます。ラジオからは、戦争のことや死んだ兵隊さんのことが流れてきます。わたしは目をつむり、すぐにもどることなんかできなくなった兵隊さんのために祈ります──。

タイトル通り、冬のあいだ母さんを待つ女の子の絵本です。絵は、写実的で、かつ情感にあふれた素晴らしいもの。文章は〈わたし〉の1人称です。シカゴにいったら汽車を洗う仕事につくといっていた母さんを思いだし、〈わたし〉はこう思います。「わたしも いつか、ひろい せかいを 見に いこう。たぶん きしゃに のって」。2005年度コールデコット賞オナー賞受賞。小学校中学年向き。

2012年5月7日月曜日

これはのみのぴこ











「これはのみのぴこ」(谷川俊太郎/文 和田誠/絵 サンリード 2007)

〈これは のみの ぴこ

 これは のみの ぴこの
 すんでいる ねこの ごえもん

 これは のみの ぴこの
 すんでいる ねこの ごえもんの
 しっぽ ふんずけた あきらくん〉

どんどん話が積み上がっていく、積み上げ話の絵本です。和田誠さんの絵とレイアウトは、この仕事でも非常に明快。話の面白さを十分に引き出しています。「これはのみのぴこ」の一文からはじまったお話は、最後のほうではこんな風になります。

〈これは のみの ぴこの
 すんでいる ねこの ごえもんの
 しっぽ ふんずけた あきらくんの
 まんが よんでる おかあさんが
 おだんごを かう おだんごやさんに
 おかねを かした ぎんこういんと
 ぴんぽんを する おすもうさんが
 あこがれている かしゅの
 おうむを ぬすんだ どろぼうに
 とまと ぶつけた やおやさんが
 せんきょで えらんだ しちょうの
 いれば つくった はいしゃさん〉

お話はもうちょっと続きます。声にだして読むと楽しい、お話会にも向いた一冊です。小学校低学年向き。

2012年5月2日水曜日

レッドブック










「レッドブック」(バーバラ・レーマン/作 評論社 2008)

文章のない、サイレントのマンガのような絵本です。雪の降る日、女の子が道で赤い本をひろいます。なかを開くと、南の島があります。画面はズームアップして、島の浜辺では男の子が歩いています。男の子が砂浜でひろった赤い本を開くと、雪の降る都会がひろがり、ビルの窓のひとつに赤い本を読んでいる女の子をみつけ、そして2人はみつめあいます──。

絵は、太くはっきりした描線でえがかれ、水彩で着色された親しみやすいもの。このあと、女の子は絵本のなかの男の子と出会います。本のなかと外が入れ子のようになった、洒落た味わいの一冊です。2005年度コールデコット賞オナー賞受賞。小学校中学年向き。

2012年5月1日火曜日

キツネ











「キツネ」(マーガレット・ワイルド/文 ロン・ブルックス/絵 寺岡襄/訳 BL出版 2001)

一匹のイヌが焼けたばかりの森から、やけどを負ったカササギをくわえて走ってきました。ねぐらのほら穴に着くと、やけどの手当をしようとカササギを降ろしました。でも、カササギは「どうせもう二度と飛ぶことなんかできないわ」といいました。「ぼくだって片方の目がみえないんだよ」と、イヌはいいました。

何日かたち、少し気力をとりもどしたカササギを背に乗せて、イヌは勢いよく走ります。カササギは思わず叫びます。「飛んで! もっと飛んで! わたしがあなたの目になるわ、あなたはわたしの羽になって!」

文章は手書き。横書きですが、横書きのままタテにレイアウトされたりします。手書き文字と日本語版文字レイアウトは川端誠。絵は、どう描いたのか見当がつかないものですが、ストーリーにぴったりあっています。このあと、カササギとイヌのあいだに、キツネが入りこんできます。最初、カササギはキツネを怖がりますが、「おれはイヌよりはやく走れるぜ。イヌなんか捨てて、おれと一緒にいかないか」とキツネに誘われ、心うごかされます。イヌの背に乗って走りながら、カササギは思います。「こんなのって飛ぶのとはちがうな。まったくちがうな!」。暗い感情のうごきをみごとにとらえた一冊です。大人向き。