2012年1月31日火曜日

炭焼長者











「炭焼長者」(稲田和子/再話 太田大八/絵 童話館出版 2008)

昔、あるところに千石屋という長者がいました。商いで遠くにでかけ、もうすぐ子どもが生まれるからと道を急いでいました。ところが、村境の峠で、日がとっぷりと暮れてしまいました。そこで、塞の神様の木の下でひと晩眠らせてもらうことにしました。

夜、長者がふと目をさますと、鈴のついた馬に乗ったしゃくし(しゃもじ)の神様があらわれます。しゃくしの神様は、今晩、長者の家と、となりの小作人の家でお産があるので、一緒にいこうとサイの神様を誘いにきたのです。でも、塞の神様は、不意の泊まり客がきたのでと、しゃくしの神様の誘いを断ります──。

このあと、ほうきの神様となべしきの神様がやってきますが、やはり塞の神様は断ります。明け方近く、3人の神様は連れだってもどり、塞の神様にお産のことを話します。「長者のところは難産じゃったが、ぶじに元気な男の子が生まれた。けれども、この子は青竹3本の運で寿命は四十九までじゃ。となりの小作人の嫁にもお産をさせてきたが、これは女の子で塩一升の運をさずけてやった」──。

山陰の昔話をもとにした読物絵本です。文章は、昔話らしい言葉づかいで記されています。後半は、このとき生まれた長者の息子と、小作人の娘の話になります。息子と嫁は、一度は結婚するのですが、息子の暴君ぶりに愛想をつかした娘はそこを去り、炭焼の五郎左衛門と一緒になって…と物語は続きます。巻末に、稲田さんによる詳しい解説がついています。小学校中学年向き。

きんのたまごのほん














「きんのたまごのほん」(マーガレット・ワイズ・ブラウン/作 レナード・ワイスガード/絵 わたなべしげお/訳 童話館出版)

昔、あるところに1匹の小さいオスのウサギがいました。ひとりぼっちのウサギは、ある日タマゴをみつけました。なかに入っているのは、男の子かな? ほかのウサギかな? もしかしたらゾウかな? それともネズミかな?

いろいろ想像したウサギは、タマゴを振ったり、足で押したり、木の実をぶつけてみたりしてみます──。

「ちいさな島」コンビによる絵本です。このあと、くたびれたウサギが眠ってしまうと、タマゴからアヒルのヒナがかえります。ヒナは、ウサギが起きないので、足で押してみたり、石のかけらをぶつけてみたりします。ページにタマゴ型の白い部分があり、物語はそこで展開します。タマゴ型の外の部分は、ページごとにちがう草花で埋められていて、とてもカラフルな一冊になっています。小学校低学年向き。

2012年1月27日金曜日

エミリーのぞう










「エミリーのぞう」(フィリパ・ピアス/文 ジョン・ローレンス/絵 猪熊葉子/訳 岩波書店 1989)

エミリーは、大きな牧場のすみっこにある小さな家に、お父さんとお母さんと一緒に住んでいました。牧場のそばには川が流れていました、お父さんはよく、「この牧場には木がありすぎる。少し切り倒したほうがいいんじゃないかな」といっていました。それから空っぽの物置をみて、「あんな役立たずの物置なんかこわしてしまおうじゃないか」ともいっていました。でも、エミリーは、「いつ、木だの物置だのがいるようになるかわからないわ」と、お父さんが当分のあいだ木を切ったり、物置をこわしたりしないよう約束させました。

ある日、お母さんと動物園にいったエミリーは、赤ちゃんゾウのジャンボと出会います。ジャンボはなぜか大きくならないので、動物園で置いておくことはできません。そこで、エミリーは飼育係に、ジャンボに家があげられるのよと話します──。

うちでゾウを飼うことになったエミリーのお話です。このあと、お母さんもエミリーの後押しをし、飼育係と話がついて、ジャンボがうちにやってくることになります。絵は、線画に薄塗りの、さし絵の正統派といったもの。ジャンボがうちにくることに、お母さんもお父さんも乗り気なのかうれしいところです。小学校中学年向き。

2012年1月26日木曜日

ききゅうにのったこねこ












「ききゅうにのったこねこ」(マーガレット・ワイズ・ブラウン/作 レナード・ワイスガード/絵 こみやゆう/訳 長崎出版 2011)

昔、あるところに1匹の子ネコがいました。その子ネコは、ネズミに追いかけられてばかりいました。ある日、子ネコは、ネズミのいない、高い木があって空気のきれいな森をめざし、気球に飛び乗りました。

気球は林を越え、海を越え、谷や丘や線路を越え、嵐や大きな町を越えて飛んでいきます。

気球に乗ったネコというと、ヘンリーが思い出されます。「ヘンリー」はリアリティのある筆致でえがかれた絵本でしたが、こちらは詩的にえがかれています。絵は、カラーと白黒の画面が交互にくる構成。最後、子ネコは望みどおり、高い木がたくさんある、空気のきれいな森に到着します。小学校低学年向き。

2012年1月25日水曜日

よめたよリトル先生












「よめたよリトル先生」(ダグラス・ウッド/作 ジム・バーク/絵 品川裕香/訳 岩崎書店 2010)

ぼくは、みんなみたいに上手に本が読めない。いつもつっかえてばかりだ。だいたい、ぼくには字がぐにゃぐにゃ曲がった線にしかみえない。でも、リトル先生は、「毎日放課後がんばって勉強しましょう」っていう。先生は、がんばれば絶対読めるようになるというけれど、そんなのよけいなお世話だ。

それでも、〈ぼく〉は毎日、先生と本を読もうとがんばります。読もうとしているのは、ゴールデン・マクドナルドの「The Little Island」。絵本にでてくる島は、おじいちゃんが毎年夏、家族全員をつれていく、ミネソタ州の北カベトガマ湖にある島によく似ています。〈ぼく〉は、夏のキャンプのことを思いだしながら、絵本を読み進んでいきます。

作者の自伝的な絵本です。巻末の著者あとがきによれば、子どものころからADHD(注意欠陥多動性障害)だった著者は、リトル先生やほかの先生、それから家族が辛抱強く手助けしてくれたおかげで、自分の状態を知ることができ、そして、どうすればさまざまなことがうまくやれるのかといった物事への対応の仕方を身につけることができたということです。絵は、リアリティのある厚塗りのもの。〈ぼく〉が読んでいる絵本は、「ちいさな島」というタイトルで邦訳されています。小学校中学年向き。

まほうのえのぐ










「まほうのえのぐ」(林明子/作 福音館書店 1997)

よしみのお兄ちゃんは、絵の具とスケッチブックをもっていました。お兄ちゃんが絵を描いているのをみると、よしみはいつでも、「わたしも絵の具で描きたい」といいました。でも、お兄ちゃんはいつでも、「だめだめ」といいました。ある日、よしみはまた「わたしも絵の具で描きたい」といいました。よしみが絵の具箱をつかんではなさないので、お兄ちゃんは「しょうがないなあ」と、よしみに絵の具箱を貸してくれました。

よしみは、さっそく青、黄色、赤と絵の具をつかってお絵かきをはじめます。が、色が混ざって泥んこのような茶色になってしまいます。パレットと水入れを洗ってもどってくると、よしみの足元からヘビがしゅるしゅるとでてきて、赤い絵の具をくわえて森へ入ってしまいます。「だめ、それはお兄ちゃんのだから」と、ヘビを追いかけて森へ入っていくと──。

左ページに文章があり、右ページに絵がある構成です。絵は素晴らしいできばえで、見飽きることがありません。このあと、森に入りこんだよしみは、動物たちがお絵描きをしているところに出くわします。よしみの姿をみて、動物たちは一度去ってしまうのですが、またもどり、みんなでお絵描きをします。絵本を閉じると、裏表紙によしみの描いた絵があらわれるのですが、となりにシャクトリムシの描いた絵があるのが洒落ています。小学校中学年向き。

2012年1月23日月曜日

ねこのオーランドー












「ねこのオーランドー」(キャスリーン・ヘイル/作 脇明子/訳 福音館書店 1992)

オーランドーは、とってもきれいなマーマレード色のネコでした。奥さんのグレイスとのあいだには、小さな子ネコが3匹いました。三毛猫がパンジー、真っ白なのがブランシュ、石炭みたいに真っ黒なのがティンクルといいました。オーランドーは一家そろってキャンプにいきたいと思っていました。「おまえが留守になったらネズミどもがどんな悪さをするか考えてもごらん」と、ご主人はいいましたが、オーランドーが頑張るので、とうとうご主人はテントをひとつ注文しました。

一家は車に乗りこんでキャンプにでかけます。テントを張るのにいい場所をみつけ、魚をつかまえたり、ハイキングにいったり、お絵かきをしたり、キャンプファイアをしたりと楽しくすごします。

タテ37センチ、ヨコ27センチの、とても大きな絵本です。作者のキャスリーン・ヘイルは、自分の飼い猫をモデルに本書を描いたそうで、ネコのしぐさがじつによくとらえられています。キャンプにでかけたオーランドー一家は、日々を楽しくすごすことに余念がありません。そんな幸福な毎日がていねいにえがかれています。小学校中学年向き。

2012年1月20日金曜日

トム












「トム」(トミー・デ・パオラ/作 福本友美子/訳 光村教育図書 2008)

トミーのおじいちゃんは、いつもトミーに、「わたしとおまえは名前がよく似てるだろう? だから、おじいちゃんと呼ばずにトムと呼んでおくれ」といいました。トミーは日曜日になると、パパやママと一緒に、トムとナナ(トミーのおばあちゃん)の家に遊びにいきました。トムは、いつもきまって、大きな声で新聞のマンガを読んでくれました。「どうぶつのおまつり」というトミーのお気に入りの詩を読むときは、身振り手振りをつけました。トムとトミーが笑い転げると、ナナがやってきて、「トム・ダウニー! しょうがないねえ、子どもみたいに!」というのでした。

トムとナナは食料品店をやっています。店にでるのはナナで、トムは奥で肉を切ります。ある日、トムはトミーに、切り落としたチキンの頭をひとつ渡してこういいます。「これを庭に埋めてごらん。3週間絶対さわらずに待っていたら、チキンが生えてくるんだぞ」。そこで、トミーはチキンの頭を庭に埋めるのですが──。

おそらく、作者トミー・デ・パオラの自伝的な絵本です。このあと、トミーは3週間待っていられず、埋めたチキンを掘り返してしまいます。それをトムに告げると、トムはこんど、腱を引っ張ると指が開いたり閉じたりする、チキンの足を2本くれます。トミーはそれをきれいに洗い、お母さんから借りたマニキュアを爪につけ、腱を引っ張る練習をして学校にいき…。いたずら好きのおじいちゃんとの交流をえがいた一冊です。小学校中学年向き。

2012年1月19日木曜日

はじめてのかり









「はじめてのかり」(オノン・ウルグンゲ/作 唐亜明/作 ムンフジン・チュールテミン/絵 福音館書店 2005)

モンゴルの大草原に住むバートルは、ある冬の日、父さんにシカ狩りにつれていってもらえることになりました。母さんが縫ってくれた、狩りのときに着る特別にあたたかい服を着て、父さんと一緒に馬を走らせました。山あいの窪地にテントを張り、一泊すると、父さんは狩りにでかけ、バートルと叔父さんは留守番をしました。

夕方、父さんはシカをしとめて帰ってきます。バートルは父さんにお願いし、次の日、一緒に狩りに連れていってもらいます。夕方、父さんはバートルを湖に連れていき、こういいます。「この湖の水は塩辛いので、夜になるとシカが塩をなめにやってくる。いいか、バートル。静かにしているんだぞ。ちょっとでも物音をたてると、シカが逃げてしまうからな」

モンゴルを舞台にした絵本です。絵はおそらく水彩。凍てつくような寒さや、草原の雄大さなどが、みごとに表現されています。このあと、夜、湖でシカを待っていると、湖のむこうに光が明滅して、バートルは思わず「こわい」と声をあげてしまいます。それで、その日の狩りは終わりになり、バートルは声をあげたことを恥じるのですが、「あれはトラの目だ」と父さんはいいます。そして、バートルはトラとイノシシのたたかいに立ち会うことになり…と、物語は続きます。自然の厳粛さが感じられる、骨太な一冊です。小学校低学年向き。

2012年1月18日水曜日

ほしのむすめたち












「ほしのむすめたち」(マーガレット・ベミスター/再話 羽根節子/訳・絵 福音館書店 2005)

昔、深い森にウォーピーという若者が住んでいました。ある日、けものを追って森のはずれまできてしまったウォーピーは、草の上に輪のような跡がついているのをみつけました。不思議に思ったウォーピーが隠れてみていると、空から美しい歌声とともに、小枝で編んだかごが降りてきました。かごには12人の娘たちが乗っていて、かごが地面に着くと、娘たちは輪にそって踊りだしました。

ウォーピーは、白い服を着た娘が気に入り、飛びだして捕まえようとしますが逃げられてしまいます。次の日、フクロネズミに姿を変えて待ちますが、娘たちに感づかれ、また逃げられてしまいます。その翌日、ウォービーはネズミの家族が住んでいる切り株を輪のそばまではこび、自分もネズミに姿を変えます。空から降りてきた娘たちは、ネズミを踏みつけはじめ、ウォーピーも白い服の娘に踏みつぶされそうになるのですが、そこで人間の姿にもどり、娘を腕に抱きしめます──。

カナダ・インディアンの昔話をもとにした絵本です。このあと、ウォーピーは娘を妻とします。ウォーピーがいつも優しかったので娘も星の世界のことを忘れて、ウォーピーの子どもをもうけます。ところが、ある日、例の輪に入ったところ、娘は星の世界のことを思いだし、かごを編んで子どもと一緒に空に帰ってしまい…と、お話は続きます。日本の「天女の羽衣」といった昔話によく似ていますが、姿を変えることが多いところが少しちがっています。絵は、とても色鮮やかで、緑や夜の匂いが感じられそうです。小学校低学年向き。

2012年1月17日火曜日

あおい玉あかい玉しろい玉











「あおい玉あかい玉しろい玉」(稲田和子/再話 太田大八/絵 童話館出版 2006)

昔、ある山のふもとのお寺に、和尚さんと小僧が住んでいました。寺の裏山には、秋になると栗がたくさん実りました。ある日、夢中で栗を拾っていた小僧は、遠くの山まできてしまい、とうとう日が暮れてしまいました。向こうに明かりがみえたのでいってみると、小さな家があり、おばばが囲炉裏端で背中あぶりをしていました。小僧はおばばに、「今晩ひと晩泊めてくなんせ」と頼みました。

こうして、小僧はおばばの家に泊まることになりますが、モチだといっておばばが差し出したのはカエルですし、また、シラミをとってくれといわれて頭をみると、ミミズやムカデがうようよでてきます。「このおばばは人間ではねえな」と、小僧は怖くなってきて──。

日本の昔話をもとにした絵本です。お話は、「三枚のおふだ」によく似ています。このあと、小僧はおばばと一緒に寝ることになるのですが、便所にいきたいとお願いし、腰に縄をつけられた格好で便所にいきます。小僧は縄をほどいって便所の柱に結び、お祈りをすると、便所の神様があらわれて、小僧に3つの宝の玉をさずけて…と、物語は続きます。文章は、昔話風の語り口調で、冒頭はこんな風です。「むかし、ある山のふもとに お寺があって、おしょうさんとこぞうが、すんでいたって」。小学校低学年向き。

おかねもちとくつやさん












「おかねもちとくつやさん」(ラ・フォンテーヌ/文 ブライアン・ワイルドスミス/絵 わたなべしげお/訳 らくだ出版)

昔、あるところに、貧しいけれどほがらかな靴屋さんが住んでいました。靴屋さんは一日中歌をうたっていたので、店の前にはいつも子どもたちがあつまっていました。靴屋さんのとなりには、お金持ちが住んでいました。お金持ちは、毎晩寝ないでお金を数えていました。

さて、となりの靴屋さんの歌声がうるさくて寝られないお金持ちは、ある日いいことを思いつきます。靴屋さんにすぐくるように手紙を書き、やってきた靴屋さんに、金貨をひと袋あげたのです──。

ラ・フォンティーヌの寓話をもとにした絵本です。このあと、靴屋さんはもらった金貨が気になり、眠らないで、次つぎに隠し場所を変えるはめになります。仕事は手につかなくなり、歌もうたわなくなり、とうとう子どもたちもこなくなってしまうのですが…と、お話は続きます。絵はコラージュのような、にぎやかなもの。場面場面の意図がはっきりしている、ワイルドスミスの明快な作風が味わえます。小学校低学年向き。

2012年1月13日金曜日

どろぼうがっこう












「どろぼうがっこう」(かこさとし/作 偕成社 1978)

山また山の村はずれに、泥棒学校がありました。校長先生は世にも名高い、くまさかとうえもん先生。「泥棒学校の生徒は一生懸命精だして、早くいちばん悪い泥棒になるよう勉強しなければいかんぞ」と、先生がいうと、可愛い泥棒学校の生徒たちは、はーい、へーい、ほーい、わかりやしたー、合点でござんすとこたえました。

くまさか先生は、なにか泥棒をやってこいと宿題をだします。翌日、ネズミ小僧のじろきちがもってきたのは革靴。「ぼくのうちからもってきたんです」。石川のろくでなしは、アリのたまごを30ばかり、ほかの生徒はくまさか先生の金時計や、学校の黒板を泥棒してきます──。

かこさとしの、ロングセラー絵本の一冊です。可愛い生徒たちが、やけに凶悪なツラがまえをしているところがおかしいです。このあと、泥棒学校の先生と生徒は遠足にでかけ、金持ち村のいちばん大きなお屋敷に忍びんで…と物語は続きます。最後にちゃんと、「泥棒は引きあわない」というオチがついた楽しい一冊です。小学校低学年向き。

2012年1月12日木曜日

ピーターの自転車

「ピーターの自転車」(ヴァージニア・アレン・イェンセン/文 イブ・スパン・オルセン/絵 木村由利子/訳 文化出版局 1980)

6歳の誕生日に、ピーターは自転車をもらいました。でも、ピーターはまだ自転車に乗れません。自転車をさかさにして、手でペダルをまわしていると、牛乳屋さんが声をかけてきました。「でんぐりピーターは、昔むかしの自転車で、前の輪は大きく、後ろの輪は小さくて、走るときは大きい輪の上に乗っかるんだ。ひいじいさんは、その自転車に乗るときに、はしごを使ったんだって。それでも、しょっちゅう落ちるものだから、大きな男のひと2人に支えてもらわなきゃならなかった」

さて、ピーターは自転車を押して、妹のリサと一緒にお母さんの買いものについていきます。すると、ピーターがまだ自転車に乗れないと知ったチーズ屋さんは、ペダルがなくて、地面を蹴って進む自転車を教えてくれます。でも、ピーターは自転車にまたがると、足が地面にとどきません。それから、肉屋さんは、さまざまなハンドルについて、八百屋さんは三輪自転車や輪タクについて、乾物屋さんは、ハンドルをうごかすと前輪がまわる自転車について教えてくれます──。

さまざまな自転車が紹介される、いささかマニアックな絵本です。このあと、ピーターの友だちが、誕生祝いにあつまってきます。友だちのなかでピーターだけ自転車に乗れないので、バカにされやしないかとピーターは心配するのですが、でんぐりピーターごっこをすることで切り抜けます。そして、ピーターは仕事から帰ってきたお父さんに自転車の乗りかたを教わります。ピーターの気持ちが書かれていることで、きちんと読物絵本になっています。小学校中学年向き。

2012年1月11日水曜日

はしって! アレン











「はしって! アレン」(市川里美/絵 クライド=ロバート=ブラ/文 舟崎靖子/訳 偕成社 1980)

アレンには、姉さんがひとりと兄さんが2人いました。姉さんはジェニー、上の兄さんはマイク、下の兄さんはハワードといいました。末っ子のアレンは、ママにいつも、「姉さんや兄さんったちと一緒にいるのよ」といわれていました。でも、ジェニーとマイクとハワードは、アレンが追いつくと、「いそいでアレン、ほら走って」といって、またすぐ走りだしてしまいました。

ある日、アイスクリームがただで食べられるという噂を聞いたみんなは、アイスクリーム売りめざしてかけだします。それから、手紙をだしにいくお年寄りのフェザーさんをみつけると、お手伝いをしにかけだします。動物園から逃げたサルが木にいると聞いて、またかけだします。そのたびに、アレンは「ほら、走って!」といわれるのですが──。

絵は、ていねいにえがかれた水彩。子どもたちの姿が生き生きとえがかれています。このあと、公園を走っていて転んでしまったアレンは、草の上が気持ちよく、そのまま寝転んでしまいます。空を見上げると、雲がいろいろな形に変わっていきます。お姉ちゃんやお兄ちゃんたちがきても、アレンは起き上がろうとしません。そこで、アレンの真似をして寝転んでみると、それがなかなか楽しくて…とお話は続きます。お姉ちゃんたちのあとを追うばかりだった末っ子のアレンが、寝転ぶ楽しさをお姉ちゃんたちに教えます。小学校低学年向き。

おかのうえのギリス












「おかのうえのギリス」(マンロー・リーフ/文 ロバート・ローソン/絵 こみやゆう/訳 岩波書店 2010)

昔、スコットランドに、ちびっこギリスという男の子が住んでいました。ギリスのお母さんは谷間の村に生まれました。谷間の村のひとたちは、毛のもしゃもしゃした牛を飼って暮らしていました。ギリスのお父さんは山の村に生まれました。山の村のひとたちは、狩りでシカをしとめて暮らしていました。谷間の村のひとたちは山の村のひとたちを、山の村のひとたちは谷間の村のひとたちを、おたがい馬鹿にしていました。

さて、あるときギリスは1年間、谷間の村で暮らすことになります。牛の世話の手伝いをするようになったギリスは、草原にでた牛を呼びあつめるために、大きな声がだせるようになります。次の1年は、山の村で暮らすことになり、シカ狩りの手伝いをするようになります。ギリスは、シカを待ち伏せするために、長い時間息をとめていられるようになります。こうして、1年ごとに、谷間の村と山の村で交互に暮らし、ギリスの肺はどんどん強くなり──。

スコットランドを舞台にした読物絵本です。マンロー・リーフとロバート・ローソンは「はなのすきなうし」の作者として高名です。マンロー・リーフの荒唐無稽なお話に、ロバート・ローソンの絵が、厚みと説得力をあたえています。絵は白黒で、見開きの左ページが文章、右ページに絵という構成です。このあと、ギリスは谷間の村と山の村、どちらかを選ばなくてはならなくなります。そのとき、バグパイプ吹きの男があらわれて、話は思いがけない展開をむかえます。小学校低学年向き。

2012年1月6日金曜日

ウィンクルさんとかもめ












「ウィンクルさんとかもめ」(エリザベス・ローズ/文 ジェラルド・ローズ/絵 ふしみみさを/訳 岩波書店 2006)

漁師のウィンクルさんは、いつもひとりぼっちでした。魚もあまりとれませんでしたし、話し相手はエサを食べにくるカモメばかり。仲間の漁師たちは、そんなウィンクルさんを馬鹿にしていました。ところが、ある日、海の魚がぱたりととれなくなってしまいました。普段は忙しい市場のおかみさんたちも、ずっと仕事がなくなり、魚屋のジョックは店を閉めてうちに帰り、ジョックのネコは日に日にやせていきました。トラック運転手のバートは、一日中カフェでお茶を飲み、市長は好物のニシンが食べられなくなってしまいました。

国中の学者があつまって研究をしましたが、どうしたらよいかわかりません。しかし、町中の漁師がすっかりあきらめてしまったあとも、毎日サリー号に乗って海にでていたウィンクルさんは、ある日、いつもエサをやっていたカモメが、ブイの上から、こちらにむかって鳴いているのに気がつきます。「ついてこいといってるんだね」と、ウィンクルさんはサリー号のエンジンをかけ、カモメのあとをついていくと──。

作者は、「おおきなかしの木」を描いたひとです。本書は、白黒ページとカラーのページが交互にくる構成。絵には躍動感とユーモアがあります。このあと、カモメのあとをついていったウィンクルさんは、カモメの群と、その下の海にいる魚の群にでくわします。ケイト・グリーナウェイ賞受賞作。小学校低学年向き。

2012年1月5日木曜日

ヘンゼルとグレーテルのおはなし












「ヘンゼルとグレーテルのおはなし」(グリム/原作 バーナデット・ワッツ/作 福本友美子/訳 Bl出版 2006)

大きな森のそばに、貧しい木こりが、おかみさん2人の子どもと一緒に住んでいました。子どもは、お兄さんがヘンゼルで、妹がグレーテルといいました。おかみさんは、木こりの2度目の奥さんで、子どもたちの本当のお母さんではありませんでした。ある年のこと、ひどい飢饉にみまわれ、食べものはほんのわずかなパンだけになってしまいました。「これから、子どもたちをどうやって食べさせていったものか」と、木こりがいうと、おかみさんがいいました。「あした、子どもたちを森へつれていこう。たき火をたいてやり、パンをひと切れずつもたせておいてきちまえばいいさ」。お腹がすいて眠れなかった子どもたちは、この話をぜんぶ聞いてしまいました。

ヘンゼルは泣きだしたグレーテルをなぐさめます。そして、木こりとおかみさんが眠ると、こっそりベッドから抜けだして、白い小石をあつめます──。

ご存知、グリム童話の「ヘンゼルとグレーテル」をもとにした絵本です。このあと、森に置いていかれたヘンゼルとグレーテルは、ヘンゼルが落としてきた白い小石をたどって、ぶじ家にもどります。ですが、それからしばらくたって、また飢饉が起こります。ヘンゼルがこんど落としてきたのはパンだったので、鳥に食べられてしまい、2人は森をさまよって、お菓子の家をみつけて…とお話は続きます。絵は、親しみやすい水彩。ヘンゼルとグレーテルを見守るように、絵のはしばしに小動物がえがかれているのが印象的です。小学校低学年向き。

2012年1月4日水曜日

フロプシーのこどもたち












「フロプシーのこどもたち」(ビアトリクス・ポター/作 いしいももこ/訳 福音館書店 2002)

ベンジャミンバニーは大人になると、いとこのフロプシーと結婚しました。2人には子どもがたくさんできました。ベンジャミンの家にはいつも食べものが充分あるというわけにはいかなかったので、キャベツ畑をもっているフロプシーの兄弟のピーターのところへ、ちょいちょいキャベツを借りにいきました。けれども、ときにはピーターのところにも、分けてやれるキャベツのないときがありました。そんなとき、フロプシーの子どもたちは、草原を越えて、マクレガーさんのところのごみ捨て場にでかけました。

こうして、ある日、フロプシーの子どもたちはマクレガーさんのところのごみ捨て場で、嬉しいことに、花が咲いてしまって捨てられたレタスにありつきます。ところが、レタスは食べすぎると、ウサギにとって睡眠藥になるのです。眠気におそわれたベンジャミンとその子どもたちは、その場で眠りこけてしまい、それをみつけたマクレガーさんは、子ウサギたちを袋に入れて──。

おなじみ、ピーターラビット・シリーズの一冊です。シリーズ3冊目の本書は、ベンジャミンバニー一家についてえがかれます。このあと、袋に入れられてしまった子ウサギたちは、たまたま出会ったネズミの、トマシナ・チュウチュウによって助けだされます。そして、袋には代わりに野菜の芯などを入れておき、これからどうなるのか、袋を運ぶマクレガーさんのあとをついていきます。ベンジャミンがピーターのところにキャベツを借りにいく場面では、ピーターの奥さんがスカートを広げてキャベツを隠している絵がえがかれています。ピーターラビット・シリーズには、こんな風に文章と絵がちがうことがあって、物語をより味わい深いものにしています。小学校低学年向け。