2009年10月8日木曜日

舌ながばあさん












「舌ながばあさん」(武建華 (ウー・ジェンホア)/絵 千葉幹夫/文 小学館 2001)

オクヤマ岳のオクマタ峠というところに、舌ながばあさんと、おにの朱(しゅ)のばんが住んでいました。ふたりの楽しみは、道にまよって峠にきた人間を驚かすことでした。ところが、このところ、だれも峠にやってきません。二人が山を下りてみると、森の木はなくなり、川はせきとめられて湖になり、池の水は干上がっていました。ようやく村人をみつけたふたりは、村人を驚かそうとしますが、相手は驚きません。川の水がかれて、米もいもも育たなくなったので、村人たちは驚く元気もないのです。村人に頼まれた二人は、堤を切り、川にふたたび水を流そうとしますが──。

この後、湖にむかった二人のまえに竜がたちふさがり、大スペクタクルが展開します。この絵本、一見中国の昔話を絵本化したもののようにみえますが、じつはちがいます。江戸時代に福島近辺につたわる話をあつめた「老媼茶話」という本に紹介された話を脚色したものだそうです。それを、絵を描いた武健華さんが、中国風に置きかえています。講談社出版文化賞・絵本賞受賞作。小学校中学年向き。

2009年10月7日水曜日

むかし、ねずみが…












「むかし、ねずみが…」(マーシャー・ブラウン/作 晴海耕平/訳 童話館 1994)

ある日、インドの行者が木の下にすわり、「大きいということ、小さいということ」について考えていました。そこへ、カラスに追われたネズミが、目のまえを走り抜けていきました。行者はネズミを助けると、森のなかの自分の住まいに連れていき、牛乳と米粒でもてなして、元気づけてやりました。

ところが、こんどはネズミを狙ってネコがやってきます。そこで、行者は魔法をつかって、ネズミをネコの姿に変えてやります。その夜、森でイヌが吠えると、ネコはおびえてベッドの下にもぐりこんでしまいます。そこで行者は、深く考えることもなく、ネコをイヌの姿に変えてやり――。

数かずの傑作絵本を手がけた、マーシャ・ブラウンによる絵本です。副題は、「インドに古くから伝わるおはなしより」。絵は、おそらく版画。少ない色数を巧みにつかい、みごとに登場人物たちを造形しています。さて、ついに行者にトラにまでしてもらったネズミでしたが、あんまりわがもの顔で森のなかを歩くので、ある日行者に、「わしがいなかったら、おまえは相変わらず哀れな小さいネズミにすぎない」と、たしなめられます。恥をかかされたと思ったトラは、行者を殺してしまおうと思い――。コールデコット賞受賞作。小学校中学年向き。

2009年10月6日火曜日

ものぐさ太郎












「ものぐさ太郎」(肥田美代子/文 井上洋介/絵 西本鶏介/監修 ポプラ社 2005)

むかし、信濃の国のあたらしの里に、ものぐさ太郎という男が住んでいました。とても立派な屋敷のあるじでしたが、生まれつきの怠け者で、家のなかで暮らすのは面倒だと、門のそばに竹を4本たて、その上にむしろをかぶせただけのみすぼらしい小屋で暮らしていました。ある年、みやこにいる信濃の国司、二条大納言ありすえが、あたらしの里に人手をだすようにいってきました。そこで、村人は太郎をいかせようと相談しました。「みやこへでて仕事をすれば、出世もできるし、美しい嫁をもらうこともできる」「そうか、みやこへいけばよめをもらえるのか、そんならいってみるか」 ものぐさ太郎はだんだんその気になり、都にいくことを承知しました。

ご存じ、ものぐさ太郎の物語です。井上洋介さんの描く、墨絵風の絵が、なんともいえずユーモラス。太郎は不敵な面がまえをしています。文章は、原文を踏まえてわかりやすく書かれています。冒頭をくらべてみましょう。

「物くさ太郎」(「おとぎぞうし(漢字)」所収 市古貞次校注 岩波文庫)
《東山道(とうせんだう)みちのくの末、信濃国十郡のその内に、筑摩(つかま)の郡(こおり)あたらしの郷(がう)といふ所に、不思議の男一人侍(はんべ)りける。其名を物くさ太郎ひぢかすと申し候。ただし名こそ物くさ太郎と申せども、家造りの有様、人にすぐれてめでたくぞ侍りける》

「ものぐさ太郎」
《むかし、信濃の国のあたらしの里に、ものぐさ太郎という名のたいへんかわった男がすんでいた。名前はものぐさ太郎だが、とてもりっぱな屋敷のあるじだった。》

2009年10月5日月曜日

あおいやまいぬ












「あおいやまいぬ」(マーシャ・ブラウン/作・絵 瀬田貞二/訳 瑞雲舎 1995)

よく鳴くので“とおぼえ”と名づけられた山犬がいました。ある夜、お腹がすいてたまらなくなったとおぼえは、町に食べものをあさりにいきました。ところが、町のいぬたちに追いかけられ、とおぼえは無我夢中で染物屋の藍の大瓶にとびこみました。真っ青に染まったとおぼえが森に帰ると、森の動物たちはとても驚きました。そこで、とおぼえはいいました。「森のけものたちに王さまがいないのを高みにいます神々がごらんになって、ここの私を造られたのだ」。そして、とおぼえは森の王さまとなって暮らしますが…。

「パンチャタントラ」という、古いインドのたとえ話集の一つを題材にした、寓話風の絵本です。ラスト、とおぼえは、ただの山犬であることがばれて、山の動物たちに追い出されてしまいます。そして、「なんだったのか? あのくらしは?」と、考えるところで終わります。マーシャ・ブラウンの絵は、ここでも素晴らしい力を発揮しています。巻末で、訳者の瀬田貞二さんがマーシャ・ブラウンについてこう書いているのが印象的です。「この絵本をかいたマーシャ・ブラウンは、絵本をかくために生まれたような人です」。小学校低学年向け。

2009年10月2日金曜日

シマフクロウとサケ












「シマフクロウとサケ」(宇梶静江/古布絵制作・再話 福音館書店 2006)

村の守り神、シマフクロウのカムイチカプは、山でひとり暮らしてきたので、つまらなくなって山を下り、浜へおりてきました。木にとまって沖のほうをみていると、神の魚、サケの群がやってきました。先頭のサケはカムイチカプをうやまいましたが、最後にきた「しっぽが裂けたもの」と呼ばれるサケたちは、カムイチカプのことを侮辱しました。がまんならなくなったカムイチカプは、銀のひしゃくシロカネピサックと、金のひしゃくコンカネピサックをつかい、海の水を汲みつくしてしまいました。

副題は「アイヌのカムイユカラ(神謡)より」。物語は、カムイチカプの1人称で語られています。また、アイヌ語の発音にあわせ、カムイチカプのプの字は小さな文字で表記されています。絵に当たる部分は、アイヌの伝統刺繍を生かして宇梶静江さんが創作された「古布絵(こふえ)」によって表現されています。刺繍によってえがかれたカムイチカプの姿は、一度みたら忘れられないでしょう。静けさをたたえた、美しい絵本です。小学校低学年向け。

2009年10月1日木曜日

みにくいむすめ












「みにくいむすめ」(レイフ・マーティン/作 デイヴィッド・シャノン/絵 常盤新平/訳 岩崎書店 1996)

昔、オンタリオ湖のほとりにある村に、「見えない人」が住んでいました。たいそう立派な人で、お金持ちで力もち、おまけにりりしい顔をしているともっぱらの噂でした。けれど、だれもその姿をみることはできませんでした。この村には、ひとりの貧しい男が住んでいて、3人の娘がいました。上の2人は心のつめたい、ひどい人たちで、いつも末の妹をいじめていました。ある日のこと、姉さんたちは着かざって、、見えない人のところにやってきました。2人はみえない人と結婚したかったのですが、結婚するためには見えない人が見えなければいけません。2人は見えない人をみることができませんでした。

ネイティブ・アメリカンのアルゴンキン族に伝わるシンデレラ物語です。この後、末の妹が、粗末な材料で一生懸命お洒落をして、見えない人のもとを訪れます。シンデレラというと、ガラスの靴のせいか、足元ばかり気にしているような気がしますが、この物語のシンデレラは、はるばると空を見上げます。シンデレラ物語はこんなに壮大な話にもなるのかとびっくりします。厚塗りの絵が物語の雰囲気によくあっています。現在品切れ。小学校中学年向け。

余談ですが、シンデレラ物語の類話は世界で1500ほどもあるそう。みんなシンデレラが好きなのです。

2009年9月30日水曜日

おとうさんのちず












「おとうさんのちず」(ユリ・シュルヴィッツ/作 さくまゆみこ/訳 あすなろ書房 2009)

戦争でなにもかも失ったぼくとその両親は、遠い遠い東の国にやってきました。よその夫婦と暮らすことになり、寝るのは土を固めた床の上です。ある日、市場へでかけた父さんは、パンのかわりに大きな地図を買ってきました。それをみて、お腹がぺこぺこだったぼくは怒りました。でも、つぎの日、父さんが壁に地図を貼ると、暗い部屋に色があふれました。

作者の幼少時代の思い出をえがいた絵本です。ワルシャワで生まれたシュルヴィッツは、戦火のため中央アジアのトルキスタン(今のカザフスタン)で6年間暮らしました(その後、パリ・イスラエル・アメリカへと居を移しています)。絵本では、その後ぼくは地図に夢中になり、空想のなかでさまざまな旅をします。絵本は最後こう結ばれています。「やっぱり おとうさんは ただしかったのだ」。小学校中学年向き