2011年9月9日金曜日

みみずのオッサン












「みみずのオッサン」(長新太/作 童心社 2003)

「オッサン」という名前のミミズが散歩にでかけると、ドシーンと空からなにかが落ちてきました。これは一体何でしょう? ペンキです。大変、ペンキをつくる工場が爆発したのです。さらに、絵の具とクレヨンの工場も爆発してしまい、お母さんもお父さんも、カレーライスもハンバーグも、いろんな動物たちも、ベタベタのドロドロになってしまうのですが──。

長新太さん、晩年の作品です。目にまぶしいピンクと、手書きの文字がじつに印象的です。このあとの展開には唖然とするばかり。読み終えると、大きな時間が流れたような気がする不思議な一冊です。小学校低学年向き。

2011年9月8日木曜日

白雪姫と七人の小人たち







「白雪姫と七人の小人たち」(グリム/文 ナンシー・エコーム・バーカート/絵 八木田宜子/訳 富山房 1996)

冬のさなか、窓辺で縫いものをしていたお妃は、針でちくりと指を刺してしまいました。雪の上に落ちた三滴の美しい血のしずくを見て、お妃はこう思いました。「肌は雪のように白く、ほっぺたは血のように赤く、髪の毛はこの窓枠のように黒い子どもが生まれたらいいのだけれど」。しばらくして、お妃は望んだ通りの女の子を生み、その子は「白雪姫」と呼ばれました。ですが、子どもが生まれると、お妃は亡くなってしまいました。

一年後、王様は次のお妃と結婚します。このひとは美しい女でしたが、気位ばかり高く、自分より美しい女がいるのはがまんできません。鏡に、「鏡よ、鏡、だれが一番きれいかえ?」とたずね、「お妃、あなたが一番きれい」という返事を聞くのに満足していましたが、だんだん大きくなる白雪姫はお妃よりも美しくなり、とうとう鏡はこうこたえます。「この広間ではあなたがきれい。でも、白雪姫はだれよりもきれい」。そこで、お妃はひとりの狩人を呼び、白雪姫を森に連れだして殺し、証拠に肺と肝臓をもってくるように命じます──。

グリム童話の「白雪姫」をもとにした絵本です。ご存じのように、このあと狩人に見逃してもらった白雪姫は、森のなかで七人の小人とともに暮らしますが、白雪姫が生きていることを知ったお妃は、何度も白雪姫の命を狙いにきます。見開きの絵と、文章が、ほぼ交互にくる構成。特筆すべきはその絵です。精緻で美しい絵が、絵本全体の品格を高めています。小学校中学年向き。

2011年9月7日水曜日

こかげにごろり










「こかげにごろり」(金森 襄作/文 鄭香/絵 福音館書店 2005)

山を越え、また山を越えた山里に、それはのどかな村がありました。百姓たちははたらき者で、みんな助けあいながら暮らしていました。ところが、百姓たちに土地を貸している地主は、とても欲張りで、ひまさえあれば、家の前の木陰にすわって、百姓たちがしっかりはたらくように見張っていました。

ある夏の日のこと、地主は木陰でうとうとと眠りはじめました。汗びっしょりの百姓が、ひと休みしようと木陰に入ろうとしたとたん、地主は目をさまして百姓を怒鳴りつけました。「これはわしのじいさまが植えたものだから、この木陰もわしのものじゃ。入りたければ木陰を買いとってから入れ」。仕方なく、百姓たちはたくさんのお米やカボチャやブタやニワトリを村中からあつめて、木陰を買いとりました──。

韓国・朝鮮の昔話をもとにした絵本です。作者は、「おどりトラ」や「おばけのトッケビ」などの絵本をつくったひとたち。このあと、木陰がどんどん長くなるにつれ、百姓たちは木陰と一緒に、地主の家の前からなかへ入っていきます。そして、地主がご先祖様を供養するお祭りのとき、木陰はごちそうの上まで伸びてきて──と、物語は続きます。最後は、地主がいささか気の毒になってしまう一冊です。小学校低学年向き。

2011年9月6日火曜日

ちいさなもみのき












「ちいさなもみのき」(マーガレット・ワイズ・ブラウン/文 バーバラ・クーニー/絵 かみじょうゆみこ/訳 福音館書店 1993)

森のはずれの、大きな緑の木々から少しはなれたところに、小さなモミの木が一本立っていました。モミの木は、自分が小さくて、森からはなれて立っているのを、少しさびしく思っていました。ある日のこと、男のひとがシャベルを肩にかついで、モミの木のところにやってきました。男のひとは、小さなモミの木の周りに穴を掘ると、モミの木を掘りだし、長く伸びた根を麻袋に入れてくるみ、肩にかついで歩きだしました。

男のひとは森を抜けながら、モミの木にこう話しかけます。春がきたら、おまえを見つけたところへ連れていって、また植えてやるからな。毎年冬には、うちにお祝いをしにやってきて、春にはもとの緑の野に帰っていくんだ。ここまでやってこられない、私の息子と一緒に大きくなってやってくれ──。

クリスマス絵本の一冊です。途中、楽譜付きの歌が三度でてきます。バーバラ・クーニーの絵は、色数が少ないにもかかわらず、とても鮮やかです。このあと、足が悪くベッドからでたことのない男の子の部屋にはこばれたモミの木は、そこで飾りつけられクリスマスツリーになります。そして、春になると森のはずれに帰り、冬になると、また男の子の部屋のクリスマスツリーになります。ラストの意外な展開がうれしい一冊です。小学校低学年向き。

2011年9月5日月曜日

川はながれる










「川はながれる」(アン・ランド/文 ロジャンコフスキー/絵 掛川恭子/訳 岩波書店 1978)

はるか彼方の寒い北国、その山奥の、松の木の森で、雪が溶け、氷が溶けて、小さな川が生まれました。森の動物たちは大喜びしましたが、小さい川はまだとても川にはみえませんでした。だんだんと大きくなって、元気いっぱい流れはじめた川は、「どこへいけばいいんだろう」といいました。「ここにいれば」と、水を飲みにきたシカが勧めましたが、川はいいました。「だめだめ、川はどこかにむかって流れていくものなんだ。でも、それがどこだかわからない」

小さな川は、岩場を通り、平野を抜けて、湖にそそぎ、町の水路をくぐって、海にたどり着きます──。

川上から川下までの、川の旅をえがいた絵本です。おそらく色鉛筆でえがかれたと思われる絵は、落ち着いていて、それでいて鮮やかで、見応えがあります。最後、海にたどり着いた川は、「ぼくはいったいどうなってしまうんだろう」と不安にかられるのですが、それにこたえるカモメのセリフが印象的です。この絵本も、数ある傑作絵本の一冊でしょう。小学校低学年向き。

2011年9月2日金曜日

ちいさなとりよ










「ちいさなとりよ」(M.W.ブラウン/文 R.シャーリップ/絵 与田凖一/訳 岩波書店 1978)

子どもたちがみつけたとき、その鳥は死んでいました。鳥は目を閉じていましたが、まだ少し温かでした。心臓の音を聞こうと思って、鳥の胸に指を当てました。でも、心臓は止まっていました。

子どもたちはお墓をつくって、鳥を埋めてやろうと思いつきます。森のなかの地面に穴を掘り、底に柔らかいシダの葉を敷き、ブドウの葉で包んだ鳥を寝かせます。そして、鳥の上にもシダの葉をかぶせ、スミレの花とスターフラワーを飾ります──。

鳥の死体をみつけた子どもたちが、鳥のお葬式をするお話です。文章のパートと、絵のパートがはっきりと分かれているつくりで、文章だけの見開きのあとには、絵だけの見開きが続きます。絵は、青味がかった、適度に抽象化された、落ち着いたもの。全体に品がある、服喪の雰囲気に満ちた一冊です。小学校低学年向き。

2011年9月1日木曜日

パンやのくまさん










「パンやのくまさん」(フィービ・ウォージントン/作 セルビ・ウォージントン/作 まさきるりこ/訳 福音館書店 1987)

くまさんは、朝とても早く起きて、大きなかまどに火を入れます。かまどが充分熱くなるのを待ちながら、朝一番のお茶を飲みます。それから、エプロンをつけ、パンの生地をつくります。生地はふくらむまで寝かせておき、そのあいだに、こんどは本式に朝ごはんを食べます。パンやパイやケーキがぜんぶ焼き上がると、半分は店にならべ、あとの半分は車に積みこみ、通りに売りにでかけます──。

パン屋のくまさんの1日をえがいた絵本です。ティディベアのくまさんは、背が低いので、なにをするにも台に乗らなくてはいけなくて、その姿が可愛らしいです。絵は、ゆっくりとした話のテンポによくあった、ていねいな水彩。読み終えると、1日がきちんとすぎたような感じのする一冊です。この「くまさんシリーズ」は、ほかに、「ゆうびんやのくまさん」「せきたんやのくまさん」「ぼくじょうのくまさん」「うえきやのくまさん」などがあります。小学校低学年向き。