2012年5月22日火曜日

エマおばあちゃん









「エマおばあちゃん」(ウェンディ・ケッセルマン/文 バーバラ・クーニー/絵 もきかずこ/訳 徳間書店 1998)

きょうはエマおばあちゃんの、72歳の誕生日です。子どもたちや孫たちがが遊びにくるのを、エマおばあちゃんはなによりの楽しみにしています。でも、みんなはいつだってゆっくりするひまもなく帰ってしまいます。エマおばあちゃんの話し相手は、しましまネコの〈かぼちゃのたね〉しかいません。エマおばあちゃんは、戸口に吹き寄せられる雪をみたり、くつろいで遠いふるさとの小さな村を夢みたりするのが好きでしたが、子どもたちや孫たちは、そんなエマおばあちゃんを、「かわいそうなおばあちゃんもうお年だものね」と、かげで笑いました。

さて、そんなエマおばあちゃんの72歳の誕生日に、みんなはふるさとの小さな村の絵を贈ります。おばあちゃんは絵を壁にかけて、「とってもきれいだこと」と、みんなにお礼をいいます。でも、心のなかでは、「あたしがおぼえている村とはまるでちがうわ」と思っていて──。

「ルピナスさん」などで名高い、バーバラ・クーニーが絵を描いた小振りな絵本です。このあと、おばあさんは、絵の具と筆とイーゼルを買ってきて、自分がおぼえている通りの村の絵を描きはじめます。そして、ふだんはその絵を壁にかけ、子どもたちや孫たちがくるときは、もらった絵にかけかえます。ですが、ある日、うっかり絵をとりかえるのを忘れてしまい…とお話は続きます。「エマおばあちゃんはもうさびしいとは思いません」の一文が心に残る一冊です。小学校中学年向き。

空飛び猫










「空飛び猫」(アーシュラ・K・ル=グウィン/著 村上春樹/訳 S.D.シンドラー/絵 講談社 1993)

自分の4匹の子猫たちに、どうして翼が生えているのか、ジェーン・タビーお母さんにはさっぱりわけがわかりませんでした。「この子たちの背中に翼が生えているのは、この子たちの生まれる前に私がみた夢のせいかもしれないわ。あれは空を飛んでこの町から出ていく夢だったもの」と、タビーお母さんはいいました。タビーお母さんと子猫が暮らす界隈は、あまり環境がよくなく、しかも日毎に悪くなっていきました。朝から晩まで自動車やトラックがゆききし、そこらじゅうにゴミが散らばり、お腹をすかせたイヌがあたりをうろついていました。

ある日、タビーお母さんは、ちびのハリエットが宙に飛び上がって、イヌをやりすごす場面にでくわします。そのとき、すべて合点のいったタビーお母さんは、子どもたちをあつめて話をします。「お母さんは、おまえたちが生まれる前にひとつの夢をみました。ここは子どもたちが成長するのにふさわしい場所ではありません。おまえたちはここから飛んでいくために、その翼をさずかったのです」──。

翼をもったネコたちの冒険をえがいた読物絵本です。作者のル・グウィンは「ゲド戦記」(岩波書店)の作者として高名です。絵は、緻密な線画にわずかに着色した、非常に写実的なもの。絵を描いたシンドラーは「マグナス・マクシマス、なんでもはかります」といったユーモラスな絵本も描いています。さて、このあと、タビーお母さんは子どもたちにこういいます。「ゆうべ、トム・ジョーンズさんが私に結婚の申しこみをしました。私はその申しこみを受けるつもりです。そうなると、子どもたちは邪魔なのです」。そこで4匹の子どもたちは、生まれた町を飛び立ち、とある森にたどり着いて…と、空飛び猫たちの冒険はまだまだ続きます。巻末に、訳者による語句の解説がついています。また、「空飛び猫」はシリーズ化され、「帰ってきた空飛び猫」「素晴らしいアレキサンダーと、空飛び猫たち」「空を駆けるジェーン 空飛び猫物語」の3冊の続編が出版されています。大人向き。

2012年5月18日金曜日

道草いっぱい











「道草いっぱい」(八島太郎/文・絵 八島光/文・絵 マコ岩松/訳 創風社 1998)

小学校からの帰り道、たくさんのものが私たちを待ちうけていました。村の中心部にいく途中には、桶屋さんが住んでいました。桶屋さんは、水桶、めし櫃(ひつ)、たらい、漬物桶などをつくっていました。少しいくと、染物屋さんがありました。仕事をしていないときでも腕が紺色だったので、みんなかれのことを「紺さん」と呼んでいました。村の真ん中には、砂糖と小麦粉の香りに満ちたお菓子屋さんがありました。

お菓子屋さんの向かいには、年とった親方と若い弟子たちがはたらいている畳屋さんがあり、そのとなりにはちょうちん屋さんがあります。それから、看板屋さんがあり、豆腐屋さんがあります。私たちは、看板屋さんを国一番の絵描きだと思っています。なぜなら、有名な画家はみんな死んでしまっていますが、看板屋さんは生きているからです──。

作者の八島太郎は「からすたろう」の作者として高名です。アメリカに移り住んだ作者は、郷愁に満ちた作品を残しましたが、本書もその一冊に当たります。子どもたちは、村を通らず、山道を通って帰るときもあり、そのときは、樟脳工場や、水車小屋や、鍛冶屋さんをのぞいていきます。家に着くのはいつも夕食前。最後はこう締めくくられます。「私たちは帰り道で、大人になるためのさまざまなことを学ぶことができました」。訳者のマコ岩松は、八島太郎の息子さんで、アメリカで東洋人俳優として活躍しています。生硬な訳文は、独特の味わいがあります。小学校中学年向き。

2012年5月17日木曜日

ねこのごんごん









「ねこのごんごん」(大道あや/作 福音館書店 1978)

ある日のこと、小さなネコが、「ごはんが食べたいなあ、うちに帰りたいなあ」といいながら歩いていました。でも、自分のうちがどこだかわかりませんでした。すっかりくたびれたとき、どこからか美味しそうな匂いがしてきました。いってみると、うちがあって、なかにごちそうがあるのがみえました。庭にはイヌがいて、ごちそうのそばには大きなネコが寝ていましたが、小さなネコはかまわずうちに駆け上がり、ごちそうを食べました。そして、お腹がいっぱいになると、とても眠くなり、大きなネコのそばで眠ってしまいました。

小さなネコが目をさますと、大きなネコが「わしについてきなさい」といいます。庭のすみにくると、大きなネコは名乗ります。「わしはちょんというんだ。人間でいえば98歳くらいの年寄りだ」。一緒についてきたイヌも名乗ります。「おれはのんというんだ」。でも、小さいネコには名前がありません。すると、ちょんは小さいネコの頭をなめてこういいます。「おまえはきっと捨てられたネコだ。名無しのごんべえなら、ごんごんという名前にするがよい」──。

捨てネコごんごんの成長物語です。絵は、さまざまなものがあふれんばかりに描かれた、にぎやかな水彩。このあと、ごんごんは失敗ばかりするのですが、そのたびにちょんは、ごんごんにうまいやりかたを教えてくれます。「なにごとも じぶんで おぼえるが かんじん」という、ちょんのことばが本を閉じても耳に残ります。小学校低学年向き。

2012年5月16日水曜日

ブライディさんのシャベル









「ブライディさんのシャベル」(レスリー・コナー/文 メアリー・アゼアリアン/絵 千葉茂樹/訳 BL出版 2005)

1856年、新天地へ旅立つブライディさんは、チャイムの鳴る時計でも、陶器の人形でもなく、1本のシャベルをもっていきました。船が大きくゆれたとき、からだを支えたのはシャベルでした。、ニューヨークの港についたとき、シャベルに荷物をくくりつけ、肩にかついで船から降りました。小さな帽子屋で部屋と仕事をみつけたときもシャベルと一緒。早起きした朝には、シャベルをもって裏庭にでて、小さな花壇づくりに精をだしました。

冬には、シャベルをもって公園にいき、雪かきをして、月の光を浴びてスケート遊びをします。スケート仲間の若者と結婚したブライディさんは、農場に引っ越し、ここでもシャベルは大活躍します──。

絵を描いたメアリー・アゼアリアンは「雪の写真家ベントレー」の画家として高名です。絵は、味わい深い版画。このあと、子どもも生まれ幸せな日々をすごすブライディさんでしたが、ある日カミナリが納屋に落ち、納屋は焼け、シャベルの柄も燃えてしまうのですが…とお話は続きます。シャベルを通して語られる女性の一代記です。小学校高学年向き。

2012年5月15日火曜日

コーギビルのゆうかい事件








「コーギビルのゆうかい事件」(ターシャ・テューダー/絵・文 食野雅子/訳 メディアファクトリー 2001)

大きくなったコーギ犬のケレイブは、大学を優秀な成績で卒業し、コーギビル村の有名な探偵事務所ではたらいていました。ケレイブは最近、村でみかけるアライグマの数が増えたことをいぶかしんでいました。あるとき、ケレイブは、ホレーショ・ラビットの野菜畑でゴミの缶がゆれているのに出くわしました。フタをもち上げると、顔をだしたのはアカリスでした。「あのアライグマのスットコドッコイ。スパイしにきたんだろうといって、おれさまを閉じこめたんだ」と、アカリスはいいました。

ケレイブがさらに調査をすすめると、アライグマたちは本屋で料理の本と、とても高価な熱気球の本を買い、雑貨屋ではローストチキン用の詰めものと値段の高い輸入もののハーブのびん詰めと、〈ノミコロリ〉を半ケースも買っていったことがわかりました。さらに、大学時代の友人のカラス、チャーリー・クローの手紙から、ケレイブはアライグマたちが、カナダからやってくるアライグマ、セビュロン・ラクーンの歓迎のために、世界おんどりコンクールで優勝したベーブを狙っているのではないかと推理して──。

19世紀的な生活を実践していることで注目をあつめた、ターシャ・チューダーによる絵本です。このあと、ケレイブはなんとしてもベーブを守らなければと決意するのですが、ハンバーガーを3個食べて昼寝をしているうちに、ベーブを誘拐されてしまいます。後半は救出劇。ケレイブや、ウサギやネコやニワトリや、ひょっとしたらアライグマにも、みんなモデルがあるのではないかと思わせます。お話は他愛ないのですが、そう思わせる親密さが魅力的です。大人向き。

2012年5月14日月曜日

さよならエルマおばあさん










「さよならエルマおばあさん」(大塚敦子/写真・文 小学館 2000)

ぼくの名前はスターキティ。8歳のオスネコです。2歳のとき、エルマおばあさんのところにもらわれてきました。おばあさんの家は、アメリカ北西海岸のヴォーンという小さな町にあります。エルマおばあさんは、12年前におじいさんが亡くなったあと、娘のパットとその夫のエド、そして孫のブライアンと暮らしています。ある日、エルマおばあさんは、お医者さんから「多発性骨髄腫」という、血液のガンにかかっていることを知らされました。「わたしの命はあと1年くらいだろうから、いろいろ準備をはじめないとね」と、おばあさんはいいました。

エルマおばあさんは家族の歴史を書くことにします。病気とわかってからも、これまでの生活を楽しみます。外出するときは化粧をし、庭の草花の手入れをします。でも、だんだん病気が進んで、立ち上がるのにも助けがいるようになり──。

ネコの視点から語られる、死をむかえるエルマおばあさんの姿をえがいた写真絵本です。モノクロの写真は、日毎に弱っていくエルマおばあさんの尊厳を写し撮ってあまりあります。ほとんど寝たきりになったエルマおばあさんはこういいます。「わたしはね、これまでの人生でいまがいちばん幸せだよ。いろんな失敗や、つらかったこともいまはいい思い出だし、仲たがいした人のことも、いまは許せるから。なぜその人が、あのときああしなければならなかったのか、その理由がわかるようになったからなんだよ…」。それから、こんなことも。「わたしは、自分の死ぬ日を決めたからね。その日付を紙に書いてかくしておいたから、わたしが死んだあとさがしてごらん」。巻末に、著者のあとがきと、「子どもにどう死を教えたらいいか」という、季羽倭文子(きばしづこ)さんによる文章が記されています。小学校中学年向き。