「まよいみち」(安野光雅/作 福音館書店 1989)
たくさんの枝がついた木も、必ずどこかがつながっています。切れているところはありませんし、枝の先と先とがくっついてしまうこともありません。そして、2本の木からどんどん枝をだしていけば、どんなむずかしい迷い路でもつくることができます──。
本書は迷路についての絵本です。ただの迷路で遊ぶ絵本ではありません。さまざまな迷路を紹介し、考察をくわえています。考察は迷路から──やはり切れたところのない──ひと筆書きへ。「あやとりでつくったかたちは必ずひと筆書きができるはずです」。木の枝やあやとりといった身近なものから、迷路やひと筆書きを紹介する、その紹介の仕方が見事です。安野光雅さんの、綿密で明快な作風がよく味わえる一冊です。小学校低学年向き。
2013年6月19日水曜日
野うまになったむすめ
「野うまになったむすめ」(ポール・ゴーブル/作 じんぐうてるお/訳 ほるぷ出版 1980)
昔、バッファローを追って、あちこち移り住んでいるひとびとがいました。この村に、馬の大好きな娘がいました。娘は、馬の大好きな草を知っていましたし、冬の吹雪から馬を守ってやれる場所も知っていました。それに、馬がけがをすると手当てしてやりました。毎日、娘は水くみとたきぎあつめの手伝いを終えると、馬たちと一緒に、一日中草原ですごしました。
ある日、いつものように馬たちとともにいた娘は、毛布を広げて横になると、眠りこんでしまいます。そのうち、黒雲が広がり、稲妻が光り、落雷によって大地が揺れうごきます。娘は一頭の馬に飛び乗り、驚いた馬の群れは風のように走りだして――。
ネイティブ・アメリカンの世界をもとにした一冊です。絵は、素朴さを保ちながら様式化された、色鮮やかな水彩。さて、このあと、馬たちは走り続け、娘は見知らぬ場所にたどり着きます。いっぽう、村人たちは姿を消した娘と馬たちをさがしまわります。そして、1年がたち、村の2人の狩人は、美しい牡馬にひきいられた野馬のなかに、娘がいるのをみつけます。2人の狩人は急いで村に帰り、男たちは足の速い馬に乗って、野馬の群れを追いかけます。ですが、牡馬がぐるぐるまわってたたかうので、なかなか娘に近づけずません――。神話のような、美しい読物絵本です。物語の最後に、作者はこう記しています。「これは昔の話だ。しかし、いまでも馬とわたしたちが親戚だと思うと楽しい気持ちになってくる」。1979年度コールデコット賞受賞作。小学校中学年向き。
2013年6月18日火曜日
とってもいいひ
「とってもいいひ」(ケビン・ヘンクス/作 いしいむつみ/訳 BL出版 2008)
小鳥は羽根が抜けてしまいました。子イヌのひもは、庭の柵にからまってしまいました。子ギツネは、お母さんとはぐれてしまいました。それから、子リスのドングリは、池に落ちてしまいました。まっったく、なんて悪い日なんでしょう。
でも、そのあと、子リスは大きなドングリをみつけ、子ギツネが振り返るとちゃんとお母さんがいて、子イヌのひもも元通りになり――。
悪いことばかりかと思ったらそうではなかった――という絵本です。絵は、くっきりとした輪郭線でえがかれた水彩。作者のケビン・ヘンクスは、「オリーブの海」(代田亜香子/訳 白水社 2005)などの児童文学も書いています。このあと、お話には女の子が登場。きょうはとってもいい日よと、宣言するようにママにいって終ります。小学校低学年向き。
100ぴきのいぬ100のなまえ
「100ぴきのいぬ100のなまえ」(チンルン・リー/作 きたやまようこ/訳 フレーベル館 2002)
ここは、わたしとイヌたちの家です。最初、1匹だったイヌは、いまでは100匹になりました。可愛いうちの子を紹介しましょう。
最初の子は〈もわもわ〉。それから、〈ジンジャー〉と、〈ババロワ〉。これで3匹。それから、〈マンマ〉と、4匹の子どもたち。〈マフィン〉〈マシュマロ〉〈マロン〉〈マコロン〉。これで8匹。それから――。
タイトル通り、100匹のイヌが登場する絵本です。絵は、色鉛筆と水彩でえがかれた軽みのあるもの。作者のチンルン・リーは台湾のひとです。さて、100匹のイヌと暮らすのが夢だった〈わたし〉によるイヌの紹介は、まだまだ続きます。〈そっと〉〈さっぱり〉〈きっちり〉〈ぺったん〉〈うっかり〉〈ぼんやり〉〈しらたま〉〈ちゃんと〉〈なっとく〉〈どっこい〉。これでもまだ18匹。食事のお皿は全部で100枚。ブラッシングは毎日1匹10回するから、合計1000回。100匹のイヌと遊ぶときは大騒ぎ。じつににぎやかな一冊です。小学校低学年向き。
2013年6月15日土曜日
きたかぜとたいよう
「きたかぜとたいよう」(ラ・フォンテーヌ/文 ブライアン・ワイルドスミス/絵 わたなべしげお/訳 らくだ出版)
ある朝、北風と太陽はウマに乗った旅人をみかけました。旅人は、新しいコートを着ていました。「わしがその気になれば、あのコートを脱がせることくらいたやすいことだ」と、北風がいいました。「きみにはできないと思うがね」と、太陽がいいました。
北風はびゅーびゅーと風を吹きつけて、ひとびとの帽子を吹き飛ばし、動物たちを怖がらせ、港の船を沈めます。でも、旅人はコートを脱ぐどころか、風に飛ばされないように、前をしっかりあわせてしまいます。
ラ・フォンティーヌの寓話をもとにした絵本です。ブランアン・ワイルドスミスは「おかねもちとくつやさん」などさまざまな作品を手がけています。その作風は、大胆で、にぎやかな色づかいが特徴。本書では、北風と太陽を力強く擬人化しているのが印象的です。さて、このあとのお話はご存知の通り。太陽が明るく輝き、花が開き、チョウが舞って――。バーナデットの「きたかぜとたいよう」と読みくらべるのも面白いでしょう。小学校低学年向き。
2013年6月13日木曜日
ねむりひめ
「ねむりひめ」(グリム兄弟/原作 フェリクス・ホフマン/絵 せたていじ/訳 福音館書店 1978)
昔、ある国に王様とお妃がおりました。2人はいつまでたっても子どもができませんでした。ところが、あるときお妃が水浴びをしていると、1匹のカエルがあらわれていいました。「あなたの望みは必ずかなう。1年たたないうちに娘ごが生まれますぞ」
カエルのことば通り、お妃は女の子を生みます。その子があまりに可愛いので、王様はじっとしていられません。宴会を開き、そこに運をさずけてくれるという占い女たちも呼ぶことにします。ですが、金の皿がたりなかったため、国に13人いる占い女のうち、ひとりは招待しないことにします──。
よく知られたグリム童話「ねむりひめ」をもとにした絵本です。「ねむりひめ」の絵本は数多くありますが、もっとも知られていているのは、ホフマンのえがいたこの本でしょう。さて、このあと、招待されなかた占い女が宴会にあらわれて、「姫は15歳になったらつむに刺されて倒れて死ぬぞ!」と、呪いのことばを吐いて去っていきます。ほかの占い女も、その呪いを消すことはできません。ですが、「100年のあいだ眠ってしまわれる」ほどに、軽くすることはできました。そして、王様は国中のつむを焼くよう命じるのですが、15歳になった姫はある日、城の古い塔のなかで、麻糸をつむいでいるおばあさんに出会い、そのつむを手にし、とたん城中が眠りに落ちて──。小学校低学年向き。
余談ですが、表紙の王様は大きな手で姫を抱いています。姫も父親に抱かれて安心しきっているようです。本書を評した文章には、姫を抱く王様の大きな手が、王様の愛情を強く感じさせる──としばしば語られています。
2013年6月12日水曜日
機関車トーマス
「機関車トーマス」(ウィルバート・オードリー/作 レジナルド・ダルビー/絵 桑原三郎/訳 清水周裕/訳 ポプラ社 2005)
トーマスは、6つの車輪と、ずっぐりむっくりのドームをつけた小さな機関車でした。遠くへいく大きな機関車のために、客車をそろえたり、お客の降りた空っぽの客車を引っ張ったりするのが、トーマスの仕事でした。いたずら好きのトーマスは、よくはたらくのは自分だけだと思っていたので、待避線で居眠りしている大きな機関車に会うと、そっと近づいては、「ピーピーピー、ピッピー。怠け者、起きろ」と、びっくりさせて喜びました。
さて、ある朝、釜の火が消えてしまって、思うように蒸気の上がらないトーマスは、あくびをしながら客車をつないで駅に引っ張っていきます。もう出発の時刻がきているので、大きな機関車のゴードンは、大急ぎで客車をつなぎ、駅を出発します。ところが、あわてていたゴードンはトーマスを切りはなすのを忘れていて――。
「汽車のえほん」シリーズの一冊です。「機関車トーマス」シリーズといったほうが通りがいいまもしれません。文章を読むのがまだおぼつかない子(特に男の子)も、一所懸命見入っている姿をよくみかけます。
本書はシリーズ2巻目。カバー袖の文章によれば、1943年、病気になった息子のクリフォードのために、牧師のウィルバート・オードリーが、機関車のお話をつくって聞かせたのがそのはじまりとのことです。本書には、「トーマスとゴードン」「トーマスの列車」「トーマスと貨車」「トーマスときゅうえん列車」の4つのお話が収録されています。細部までよくえがかれた絵と、お調子者で失敗ばかりするトーマスの活躍が楽しい一冊です。幼児向き。
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