2012年11月20日火曜日

まっててね












「まっててね」(シャーロット・ゾロトウ/文 エリック・ブレグヴァド/絵 みらいなな/訳 童話屋 1991)

結婚したばかりの姉さんが、泊まりにきて、楽しく遊んで、また帰っていきました。元の自分の部屋で眠り、まるでお客様のように母さんとコーヒーを飲みました。

姉さんを送っていった帰り、〈わたし〉は母さんにこういいます。わたしも遊びにきてもいい? 姉さんみたいになって、パウダーをこぼさないひとになるし、お風呂場を水浸しになんかにしなくなるのよ──。

「いまがたのしいもん」などの作者、ゾロトウとブレグヴァドによる絵本です。絵は、線画に少し緑と茶色を色づけした、親しみやすいもの。このあとも、「次から次にスカーフをだしたり、ネックレスをつけてみたりしない、いろんなことができるひとになって母さんに会いにくるわ」と、〈わたし〉は続けます。結婚した姉さんにあこがれる〈わたし〉の、可愛らしい一冊です。小学校低学年向き。

2012年11月17日土曜日

クリスマスのまえのばん












「クリスマスのまえのばん」(クレメント・C・ムーア/文 わたなべしげお/訳 ウィリアム・W・デンスロウ/絵 福音館書店 1996)

《クリスマスの まえのばんのことでした。
 いえのなかは ひっそりと しずまりかえり
 なに ひとつ
 ねずみ いっぴき うごきません。

 セントニコラスが はやく くるように と
 ねがいを こめて
 だんろの そばに くつしたが
 だいじそうに かけられています。

 こどもたちは ベッドの なかで
 すやすやと ねむり
 ゆめの なかで いろいろな
 さとうがしが おどっています。》

冒頭の「はじめに」によれば、クレメント・C・ムーアが1822年のクリスマスの前夜、自分の子どもたちを喜ばせようと「セントニコラスの訪れ」という物語詩を書き、これが「クリスマスのまえのばん」としてよく知られるアメリカの古典となったということです。そして、80年後の1902年、「オズの魔法使い」の挿絵で知られる、ウィリアム・W・デンスロウが姪のために絵本に仕立てたのが本書。全体の調子は実に陽気です。煙突を通ったセントニコラスは、文字通り暖炉から飛び出します。

さて、古典である「クリスマスのまえのばん」には、いろいろな訳があります。ここでは、ツヴェルガーが絵を描いた「クリスマスのまえのばん」(江國香織/訳 BL出版 2006)をみてみましょう。












《クリスマスのまえのばんのことでした。
 いえじゅうがしんとして、だれも、それこそねずみいっぴき、
 めざめているものはありませんでした。
 セント・ニコラスがやってきたばあいにそなえて、
 だんろのそばにはくつしたが、ちゃんとつるしてありました。

 こどもたちはきもちよさそうによりそって、ベッドにおさまっていました。
 それぞれのこころのなかで、あまいさとうがしたちが
 おどってもいるのでしょう。》

江國香織さんの訳は、ツヴェルガーのひんやりとした絵によくあった、涼しげなもの。また、江國訳では、詩は〈わたし〉の1人称で語られています。こちらの本では、セントニコラスは陽気に暖炉から飛び出したりはしません。少しはにかんだような顔をして、うつむきかげんに歩いてきます。小学校低学年向き。

2012年11月16日金曜日

子うさぎましろのお話












「子うさぎましろのお話」(ささきたづ/文 みよしせきや/絵 ポプラ社 1978)

クリスマスがやってきて、北の国の動物の子どもたちも、サンタクロースのおじさんから、それぞれ贈りものをもらいました。なかでも、白うさぎの子ましろは、一番先にもらいました。贈りものは、銀色の玉やバラのかたちをしたクリームで飾ってある大きなお菓子と、部屋にかけるきれいな飾りでした。

さて、お菓子をぺろりと食べてしまったましろは、もっとなにかほしくなります。そこで、囲炉裏の燃えがらすりつけて、からだを黒くすると、帰ってくるサンタクロースのおじさんを待ちかまえるために、そっとうちを抜けだします。

クリスマス絵本の一冊です。巻末の「おわりに」によれば、この絵本は、作者である佐々木たづさんの2冊目の童話集「もえる島」のなかの一編をとってつくられたということです。絵は、クレパス(色鉛筆?)でえがかれた、北国の感じがよくでた簡潔なもの。文章はタテ書きです。このあと、黒く化けたましろのことを、サンタクロースのおじいさんはひと目で見抜きます。ですが、空っぽの袋のなかからひとつぶの種をみつけだし、自分のサンドウィッチと一緒に、それをましろに渡します。サンタクロースと別れたましろは、からだにつけた炭をとろうとするのですが、なぜか炭は落ちず、ましろは涙をこぼして──と、お話は続きます。初版は1970年。ましろの心の起伏がよくえがかれた傑作です。小学校中学年向き。

2012年11月15日木曜日

ケムエルとノアのはこぶね











「ケムエルとノアのはこぶね」(ディック・ブルーナ/作 まつおかきょうこ/訳 福音館書店 1999)

昔、地球はそれはそれは美しいところでした。太陽は輝き、鳥は飛び、いろんな色のチョウが舞い、地面は花でいっぱいでした。毛虫のケムエルも、木の下でチョウになる日を夢みていました。

ところが、地上では人間たちが争いばかりしています。そこで、神さまは平和に暮らしているノアの家族に、箱舟をつくるように命じました──。

「うさこちゃん」シリーズで名高い、ブルーナによる、ノアの箱舟伝説をもとにした絵本です。ノアの箱舟をテーマにしても、ブルーナの簡潔で清潔なスタイルは変わりません。このあと、ノアは3人の息子と力をあわせ、大きな船をつくり、神さまに命じられたように、ひとつがいずつ動物たちを船に乗せます。ノアの家族も、毛虫のケムエルとそのガールフレンドも乗りこむと、大雨が降ってきます──。毛虫を登場させたことが、この作品の面白さのひとつです。また、ブルーナはじつにブルーナらしく、大雨を表現しています。小学校低学年向き。

2012年11月14日水曜日

まっててねハリー












「まっててねハリー」(メアリー・チャルマーズ/作 おびかゆうこ/訳 福音館書店 2012)

ある日、ハリーのお母さんは、友だちのお見舞いにいくことになりました。そこで、ハリーは通りの先にあるブルスターさんのお家で待っていることになりました。ハリーは、車と、積み木と、ダンプカーと、風車と、クマさんと、恐竜と、塗り絵と、絵本と、飛行機を荷車に積んで、お母さんと一緒にブルスターさんのお家にいきました。

ハリーは、生まれてはじめてお母さんなしで、よその家ですごします。お母さんがでかけることはわかっていましたが、でも本当に置いていかれるとは思っていなかったので、ハリーはとても悲しくなってしまいます。

子ネコのハリーを主人公にしたシリーズの1冊です。「ピーターラビット」と同じ大きさの、小振りなサイズの本。作者のメアリー・チャールズは、「とうさんねこのすてきなひみつ」をえがいたひとです。絵は、おそらく鉛筆に、ところどころ1色だけ色がおかれた、親しみに満ちたもの。本書でつかわれている色は紫ですが、シリーズ1冊ごとに、つかわれている色が変わります。さて、このあとブルスターさんは、ハリーにクッキーをあげたりして元気づけ、ハリーもしだいに伸びのびと遊ぶようになります。お母さんがハリーを置いていってしまう場面は、深く印象に残ります。小学校低学年向き。

2012年11月13日火曜日

くまのテディちゃん












「くまのテディちゃん」(グレタ・ヤヌス/作 ロジャー・デュボアザン/絵 湯沢朱実/訳 こぐま社 1998)

テディちゃんは、茶色のクマさんです。テディちゃんは、黄色いつりズボンと、赤いゾウがプリントされた小さいエプロンをもっています。すわるのに小さな青い椅子と、小さな青いテーブルと、小さな緑色のコップももっていて、小さな青い椅子にすわって、小さな青いテーブルについて、緑のコップで飲みものを飲みます──。

絵を描いたデュボアザンは、「ごきげんなライオン」や「せかいのはてってどこですか」などの画家として高名です。本書でも、明快な、洒落た絵をつけています。テディちゃんはほかにもまだ、小さな緑のお皿と、小さな緑のスプーンと、小さな青いベッドをもっています。

《自分のものを持つのがうれしい…、そして、それを自分で使うのはもっとうれしい…、そんな時期の子どもにぴったりの絵本です》

と、カバー袖に記されています。幼児向き。

2012年11月11日日曜日

もじゃもじゃペーター












「もじゃもじゃペーター」(ハインリッヒ・ホフマン/作 ささきたづこ/訳 ほるぷ出版 1985)

ハインリッヒ・ホフマンによる歴史的な絵本です。巻末に、その由来が載せられていますので、引用してみます。

《もともと開業医として、診察時にむずかる子をなぐさめるために、お話をしたり絵を描いて見せたりするのが得意だったホフマンは、1844年のクリスマスの一週間ほど前、3歳になる息子に贈る適当な絵本を本屋で見つけることができなかったので、かわりに1冊のノートを買ってきて、自分で絵を描き、詩をそえて絵本をつくった。それが出版者カール・F・レーニングの眼にとまり、「もじゃもじゃペーター」を含む6編の話からなる初版が1845年に出版されるやいなや、1ヶ月のうちに1500部を売りつくす大評判をおさめた》

ところで、本書は、「ぼうぼうあたま」(教育出版センター)というタイトルでも出版されました。初版は1936年、第3版は1992年。巻末に記された文章によれば、新版編集者の財団法人五倫文庫というのは、千葉県御宿町の町立博物館のなかにある文庫なのだそう。で、なぜ、この文庫が編集者として名をつらねているのか。この文庫の設立は1892年。当時の御宿村立尋常高等小学校の校長、伊藤鬼一郎が、毎年使用される教科書を保存したことによりはじまったのだといいます。収集は次第に、台湾、朝鮮、中国へと広がり、息子の伊藤庸二がドイツに留学すると、ドイツの教科書も加わります。そして、この伊藤庸二が、甥のために「ぼうぼうあたま」を翻訳して送ったのが、そもそものはじまり。のちに、長男の誕生記念として出版したのが、本書の初版だということです。

物語風の詩と素朴な絵とから成った本書は、ナンセンスで、いささか残酷で、教訓的で、リズミカル。表題となっている「もじゃもじゃペーター」と「ぼうぼうあたま」を引用してみましょう。

「もじゃもじゃペーター」
《ごらんよ ここにいる このこを
 うへえ! もじゃもじゃペーターだ
 りょうての つめは 1ねんも
 きらせないから のびほうだい
 かみにも くしを いれさせない
 うへえ! と だれもが さけんでる
 きたない もじゃもじゃペーターだ!》

「ぼうぼうあたま」
《ちょっと ごらん
 この こども
 ちぇっ!
 ストルーベルペーターめ
 りょうほ の おてて に
 ながい つめ
 いちねん にねん も
      きらせない
 かみ も ぼうぼう
      きらせない
 ちぇっ!
  きたない ペーターめ》

この2冊は、つかわれている絵も、レイアウトもちがうのですが、印刷のぎつい「ぼうぼうあたま」よりも、稚拙な味わいのある「もじゃもじゃペーター」のほう絵が、よりオリジナル版であるようです。また、「もじゃもじゃペーター」は右ページにだけ印刷がされています。「もじゃもじゃペーター」の、カバー袖の文章によれば、ホフマンは、自分の描いた絵が、きれいに修整されたりしないように、職人たちをきびしく監督したということです。小学校中学年向き