2009年12月9日水曜日

こぶたのバーナビー












「こぶたのバーナビー」(U.ハウリハン/文 やまぐちまさこ/訳 なかがわそうや/絵 福音館書店 2006)

森のはずれに住んでいる、こぶたのバーナビーのところに、ある日おばさんから小包が届きました。なかには、ぴかぴかの6ペンス玉。このお金でなにを買おうかな? と考えをめぐらせていたところ、バーナビーはおばさんからの手紙をみつけました。このお金は風船を買うためのものだったのです。でも、バーナビーは風船がどんなものか知りませんでした。そこで、バーナビーはともかく町にいってみることにしました。

でかけるさい、バーナビーはちゃんとネクタイをしめてでかけます。なかがわそうやさんの、さっと描いたような絵がたいへん魅了的。また、レイアウトがじつにうまくできています。小学校低学年向き。

2009年12月8日火曜日

ズーム、海をゆめみて










「ズーム、海をゆめみて」(ティム・ウィン・ジョーンズ/文 エリック・ベドウズ/絵 えんどういくえ/訳 ブックローン出版 1995)

水遊びが大好きなネコのズームは、ある日、屋根裏部屋でロイおじさんの日記をみつけました。日記帳には、海にいく道順が書いてありました。いってみると、そこは立派な玄関のお家です。ノックをしてあらわれた女の人に、「海にいきたいんです」とズームがいうと、女の人はこたえました。「どうぞどうぞ、小さな船長さん」。

このあと、あんまり家のなかで待たされるので、海なんてなかったんだと帰ろうとしたズームは、マリアさん(女の人の名前)に、用意ができたわと呼び止められます。そして、マリアさんが大きな「しかけ」をまわすと、部屋のなかに大海原が出現します。絵は丹念に描きこまれた鉛筆画。ちょっとオールズバーグを思わせる作風です。ズームシリーズは3部作。「ズーム、北極をゆめみて」と「ズーム、エジプトをゆめみて」があります。小学校低学年向き。

2009年12月7日月曜日

ひとくい巨人アビヨーヨー

「ひとくい巨人アビヨーヨー」(ピート・シーガー/文 マイケル・ヘイズ/絵 木島始/訳 岩波書店 1987)

昔、ウクレレを弾く小さな男の子がいました。町中でビリリンビリンとやるので、大人にうるさがられていました。その子のお父さんは魔術師で、なんでも消すことができる魔法の杖をもっていました。でも、その杖であんまりなんでも消してしまうので、ついにお父さんと男の子は村八分にされてしまいました。ところで、この町では昔から、アビヨーヨーという名前の大男がいて、人間をぱくぱく食べるんだよと、年寄りが子どもたちに話して聞かせていました。すると、ある朝、お日様のまえに大きな人影があらわれました。

人影はもちろんアビーヨーヨー。男の子とお父さんは、歌と魔法の杖でアビヨーヨーをやっつけ、村人から喝采をうけます。男の子がうたう場面には、楽譜もついています。巻末の解説によれば、ある南アフリカの昔話からヒントを得たピート・シーガーは、この物語をつくり、自分の子どもたちに語り聞かせていたそうです(レコードも出ているよう)。村人の人種や服装がいろいろであるところに、作者の思想が垣間みえそうです。小学校低学年向き。

2009年12月4日金曜日

ロージーちゃんのひみつ












「ロージーちゃんのひみつ」(モーリス=センダック/作 なかむらたえこ/訳 偕成社 1983)

ロージーの家の玄関のドアに札がかかっています。《ひみつを おしえてほしい ひとは この とを 三ど たたくこと》。キャシーが3どドアを叩くと、ロージーがあらわれました。「ひみつってなあに?」とキャシーがたずねると、ロージーがこたえました。「あたしね、もうロージーじゃないの。アリンダっていうすてきな歌手よ。もうじきはじまるミュージカルにでるの。場所はうちの裏庭よ」
「あたしもだれかになっていい?」
「じゃあ、チャチャルーになるといいわ。アラビアの踊り子よ」
さあ、ショーがはじまります。

ショーの演目は、ナイトガウンをはおり、頭にタオルを巻いたチャチャルーの(すぐ終わってしまう)歌と踊り。それから、大きな羽根飾りのついた帽子に長いドレスを着たアリンダの歌です。ところが、アリンダの歌は、消防士の格好をしたレニーの珍入により、すっかりジャマされてしまいます。最後、椅子の上に立ち、ひとりでうたうロージーの後ろ姿がなんともいえません。話はこれで終わりではなく、まだ続きます。子どもの遊びの情景をみごとにすくいとった読物絵本です。小学校中学年向き。

余談。たまたま手元に原書があったので日本語版とくらべてみたのですが、レイアウトが多少ちがっていました。日本語版には絵のないページがあるのですが、原書にそのようなページはありません。日本語にすると言葉数が増えてしまうので、このような措置になったのでしょうか。できれば、レイアウトは原書のままのほうがよかったように思います。

2009年12月3日木曜日

12のつきのおくりもの












「12のつきのおくりもの」(内田莉莎子/再話 丸木俊/絵 福音館書店 2006)

昔、あるところに、夫を亡くして2人の娘と暮らしているやもめがいました。姉は実の娘であるホレーナ、妹は継子であるマルーシカといいました。やもめはいつもホレーナばかり可愛がって、マルーシカにはつらく当たりました。ホレーナは一日中遊んで暮らしているのに、マルーシカは朝から晩まではたらかなくてはなりません。でも、はたらけばはたらくほどマルーシカは美しい娘になっていき、遊び暮らしているホレーナはどんどんみにくい娘になっていきました。そこで、やもめとホレーナはマルーシカを追いだそうと相談し、ある寒い冬の日、森へいってスミレをとってくるようにとマルーシカにいいつけました。

冬にスミレが咲いているはずはありません。マルーシカは凍えて、いまにも倒れそうになりますが、そのとき大きなたき火をみつけます。それは12の月の精たちがしているたき火でした。マルーシカは3月の精のおかげで、スミレを手に入れることができます。丸木俊さんの描く炎は印象的で、とてもあたたかそうです。また、12の月の力であらわれる緑はじつに鮮やか。物語は、後半くり返しになりますが、そのときの物語のはしょりかたが素晴らしいです。現在品切れ。小学校低学年向き。

2009年12月2日水曜日

こびととくつや












「こびととくつや」(グリム/原作 カトリーン・ブラント/絵 藤本朝巳/訳 平凡社 2002)

昔、あるところに正直者の靴屋がいました。せっせとはたらいていましたが、だんだん貧しくなり、とうとう手元には靴一足分の皮のほかにはなにもなくなってしまいました。その皮を靴のかたちに切りとり、翌朝ぬい上げるつもりでいたところ、驚いたことに靴が一足できあがっていました。それも、素晴らしい仕上がりです。その靴は普通より高く売れたので、靴屋は皮を2足分買うことができました。つぎの日も同じことが起こり、靴屋は4足分の皮を買うことができました。それから、毎日同じことが起こり、靴屋はしまいには大金持ちになりました。そして、ある晩、靴屋とおかみさんは一体だれが仕事を手伝ってくれているのか、夜通し見張ってみることにしました。

夜になってやってきたのは2人の裸のこびとたち。2人が靴をつくってくれたと知った靴屋とおかみさんは、こびとのために洋服と靴をつくってあげます。おなじみグリム童話のお話を絵本にしたもの。背景をはぶいた絵が、逆に物語を際だたせることに成功しています。洋服や靴をもらったこびとたちは、歌をうたい踊るのですが、その姿がたいへん愛らしいです。小学校低学年向き。

2009年12月1日火曜日

漁師とおかみさん












「漁師とおかみさん」(グリム/原作 カトリーン・ブラント/絵 藤本朝巳/訳 平凡社 2004)

昔、あるところに漁師とおかみさんがいました。ある日、漁師がサカナを釣り上げると、そのサカナがいいました。「わたしは魔法をかけられた王子なのです。海にもどしてください」。漁師はサカナを海にもどしてやり、あばら屋に帰っておかみさんに話しました。すると、おかみさんはいいました。「それであんたはなにも願いごとをしなかったのかい! もう一度でかけていって、小さい家を一軒たのんでごらんよ」。そこで漁師は海にいき、おかみさんの願いごとをサカナにつたえました──。

おかみさんの願いごとはかなえられ、ふたりは小さな家に住むことができるようになりました。ところが、こんどは石づくりのお城に住みたいとおかみさんはいいだします。その願いもかなえられますが、おかみさんの欲はとどまることを知りません。どんどんと、途方もなくエスカレートしていきます。

絵は、墨で書いたような線に水彩で着色した親しみやすいもの。だんだんと広がっていく不気味な海が印象的です。字の組みは、いささか窮屈な部分があります。また、欲の皮が突っ張ったおかみさんの姿が、途中からあらわれなくなるという演出がとられています。小学校低学年向き。

余談ですが、チェコのアニメーション作家トルンカの作品「金の魚」では、欲にとりつかれたおかみさんが大変印象的に描かれています。また、すこしひねった児童文学に、ルーマー・ゴッデンの「おすのつぼにすんでいたおばあさん」(徳間書店 2001)があります。